chap.7 保護官の苦悩
カフェ『Lento』には、今日も様々な客が訪れていた。
多すぎず、かといって少なすぎもしない。
ピークタイムの14時を過ぎると、あれほどの喧騒も徐々に落ち着きを見せ始めていた。
「アヤさん、じゃあ私、学校の授業あるのでここで……!」
「分かった! あとはこっちで片付けておくから、上がっちゃっていいよ!」
大学へ向かう千秋を気遣いながら、アヤが声をかける。
更衣室で着替えを終えた千秋は、慌ただしく店を後にした。
「なんとか、落ち着いたな……」
「そうね。まあ閉店の19時まで、のんびりやりましょ!」
二人がのんびりと仕事を続け、十五時を過ぎた頃。
「あっ! コーヒーの豆が切れてる……」
アヤは棚を確認し、コーヒー豆を使い切ってしまっていることに気付いた。
「ローマン。悪いけど、このコーヒー豆買ってきてくれない?」
そう言ってアヤは、店の住所が書かれたメモとお金をローマンに渡す。
「分かったよ」
「さて、これだけあれば充分だろ」
メモに書かれた店でコーヒー豆を購入したローマンは、『Lento』へ戻ろうとした。
その瞬間――
「ちょっと、通してください!」
「いいじゃないか!」
「ほんの少しだけ、俺たちと遊ぶだけだからさ!」
目の前で、二人組の不良高校生が一人の女子高生をナンパしていた。
(ナンパというより、サル以下だな……これならまだイタリアの方が誘いが上手いってのに....)
稚拙なナンパする彼らにローマンは呆れるようにため息を吐く。
「オイ……」
二人組のうちの一人が、ローマンの視線に気づく。
「なんだテメェ。見せもんじゃねぇぞ」
ローマンを威圧するように睨みつけ、怒号を上げる不良。
(アヤと口裏合わせたキャラで通すか……)
「オー、ケンカよくないネ。話し合イ、大事!」
「うるせぇ外人がぁ!」
不良の一人が威嚇するようにローマンの胸ぐらを掴んだ瞬間――ローマンの防衛本能が反射的に作動し、次の瞬間、顎への掌打、さらに間髪入れず、もう一人の不良の頭部へ回し蹴り。
あまりにも一瞬の出来事に、二人はその場に崩れ落ちた。
「あ、しまった……」
気づいた時には、すでに遅かった。
「あ、あの……助けてくれてありがとうございます!」
ナンパしていた不良たちを追い払ったと誤解した女子高生は、ローマンに感謝の言葉を向けた。
(反射的に……殺しの癖が出ただけなんだが……)
感謝とは裏腹に、先ほど一瞬だけ“本気”に戻りかけたことをローマンは内心で反省する。そのとき、ローマンの袋に入っているコーヒー豆が、女子高生の目に入った。
「そのコーヒー豆、もしかして……アヤさんのお店の……?」
「what?」
カラン、カラン――
「ローマン、買ってきてくれた?」
入店を告げる鈴の音に反応するように、アヤが顔を出すとそこには、ローマンと、先ほどの女子高生が並んで立っていた。
「アヤさん、お疲れ様です!」
「あら、桜ちゃんも一緒だったの?」
「アヤさん、この人は……」
「ああ、ちょうどいいし紹介するね。この人はローマン・“カラシニコフ”。私の古い友人で、日本を勉強するためにロシアから来た新人バイトよ!」
当たり前のように、雑すぎる偽名を平然と使うアヤ。
(このアマ……いつかシバく)
ローマンは心の中で静かに毒づいた。
「で、ローマン。彼女は風守 桜。バイトの女子高生よ」
「桜です! 外国人のバイトは初めてですけど、よろしくお願いします!」
(ローマン)
(分かってる)
アヤの目配せだけで、ローマンは意図を瞬時に理解した。
「ローマンでス。ヨロシクお願いシまス」
たどたどしい口調で挨拶するローマン。
「そういえば桜ちゃん、『お父さん』どう? 最近お仕事忙しいって言ってたからさ!」
「父さんは相変わらず忙しくて、今日も“事件の捜査きつい”って愚痴ってましたよ!」
「そっかぁ、相変わらずお父さん思いね、桜ちゃんは!」
「そんなことないですよ、アヤさん!」
桜と笑顔で雑談するアヤ。
――父は警察官で、彼女はその関係者。
分かってると思うけど、彼女の前でボロを出すなよ――
(なるほどな……こいつの前では、なおさら慎重に動く必要があるか)
その目配せと会話の端々からアヤの意図を読み取り、ローマンは静かに理解した。
「それで、二人はどうやって知り合ったの?」
アヤはローマンと桜の出会いの経緯を尋ねた。
「アヤさん、実はね――」
桜は少し嬉しそうに話し始める。
「――ってことがあったんです」
「そうだったのね。とりあえず桜ちゃん、制服に着替えて仕事の準備してて!」
「はい!」
アヤに促され、桜は更衣室へと向かった。
扉が閉まるのを確認すると、アヤは声のトーンを落とす。
「ローマン、ちょっと来て……」
人気のない倉庫へローマンを呼び出すアヤ。
「オイィィィ!! 保護官から少し目を離した間に、何してんのよテメーは!!」
ローマンの胸ぐらを勢いよく掴み上げる。
「しょうがないだろ!! 正当防衛だろ!」
「第一、あの子は警察関係者なのよ!出会って初っ端からボロ出してどうすんの!」
「落ち着け!殺してなどいない。ちょっと急所を外して無力化させただけだ!」
「この国は、暴力振るっただけで大問題になるの!」
「そんなの万国共通だろ!」
「幸い、あの子や周囲の人間から見たら、“悪い男を追い払った親切な人”って認識で済んでるけど……」
アヤは一拍置き、深くため息を吐いた。
「こいつを……1年間大人しく潜伏させられるのか、不安になってきた……」
前途多難な一年を想像し、アヤは頭を抱えるのだった。
「1年間、一般社会に潜伏か……想像以上に難しい任務だな」
「全くそうよ! あんたがここまで世間の常識からかけ離れてるなんて思いもしなかった……」
1年間、この非常識な男の面倒を見ることになるのかと考え、アヤの頭に不安がよぎる。
「アヤさん~! ローマンさん!」
客席の方から、桜の声が響いた。
「ローマン、ほんとに頼むよ」
「善処するよ」




