↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ローマン -Between Contracts-  作者: ヤス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/16

chap.6 殺し屋、初めてのコーヒー

太陽が昇り始める早朝、ローマンはいつも通りの時間に起床した。

自宅のトレーニング器具で身体を動かし、静かに汗を流す。


トレーニングを終えると、冷蔵庫からドリンクを取り出し、水分補給をしたその時、スマホが鳴る。


アヤからの着信だった。


「はい……」


「ローマン。今日も仕事あるから、一緒に来てくれる?」


「また極籠会の見届けか?」


「いいや、違う。それとはまた別」


「別って……」


「身支度できたら、8時半に一階のカフェ『Lento』に集合ね」


「了解」


午前8時半――カフェ『Lento』。


「おい……これは一体どういう状況なんだ……?」


「状況って、普通にコーヒー淹れて、サンドイッチ作って、皿洗うだけじゃない」


「そういうことじゃなくて! なんで俺がカフェの仕事してるのかって聞いてんだよ!」


「まあまあ! 一年間、暗殺活動から身を潜める手段としては、これが一番最適だし!」


「だいたい、なんでお前がカフェなんかやってんだよ?」


「元々、趣味でコーヒー淹れ始めたんだけどさ。たまたま殺し屋仲間に自作のコーヒー出したら好評だったから、暇つぶしでカフェ始めたんだ!」


「そこでカフェ経営まで行くのは、もう趣味の範疇超えてるだろ!」


「でもね、これが意外と一般客にもバカ受けしてて、経営かなり安定してるんだよね」


「本業の保護官より、趣味で始めた副業のほうが成功してるって、本末転倒な気がするんだが……」


カフェ経営を軌道に乗せているアヤに、ローマンは呆れたようにため息を漏らす。


「とりあえず、あんたが一般社会に溶け込んで暗殺活動から身を潜める以上、軽食とコーヒー作りは伝授してあげる」


アヤは自信満々に胸を張った。


「オープンは10時! それまでに店の基礎、みっちり叩き込んであげるから!」


―――店のオープンまで、残り30分。

時計の針は9時半を回っていた。


「なんなのよ、これ……。ランチメニューは普通に美味しく作れてるのに、なんでコーヒーだけこんな壊滅的なの……?」


ローマンが淹れたコーヒーを前に、アヤは頭を抱える。

見た目は普通のコーヒー。


だが――刺すような強烈な苦味と不快な酸味、そして、舌にえぐみがまとわりつくような異様に濃いコク。


一歩間違えれば、殺人兵器になっていてもおかしくない毒物だった。


「コーヒー使った毒殺なら、あんた一流なんじゃないの?」


「やかましいわ!」


「とにかく、こんな危険物をお客に出せるわけないでしょ……」


「コーヒーなんて、自販機かコンビニで大体事足りるんだよ!」


ローマンは開き直るように吐き捨てた。


「とにかく、アンタは軽食専門ね」


その時だった。

入店を告げる鈴の音とともに、一人の女性が店内へ入ってくる。


「アヤさん、おはようございます!」


「あ、千秋ちゃん。おはよう!」


明るく笑顔で挨拶する彼女に、アヤも同じように笑顔を返した。


「おい……誰だ、あれ?」


ローマンはアヤの耳元で小声で尋ねる。


「彼女は水瀬 千秋(みなせ ちあき)。近くの女子大に通ってる大学生のバイトよ」


「お前や俺のことは?」


「もちろん知るわけないでしょ!」


二人がヒソヒソと話している間に、千秋は更衣室へと向かっていく。


「ローマン、いい? あんたは“日本を勉強するためにロシアから留学してきた、私の古い友達”って設定で通すから」


「じゃあ、日本語も少し不自然にしたほうがよさそうだな」


殺し屋であることを隠すため、二人は口裏を合わせる。


エプロンを身につけ、髪を後ろでまとめてバンダナを巻いた千秋が、更衣室から姿を現す。


「千秋ちゃん、今日は授業午後から?」


「はい!」


「じゃあ、午後までよろしくね!」


「アヤさん、そちらの方は?」


「ああ、紹介するわね! 彼はローマン・“カラシニコフ”。私の古い友人で、日本を


勉強するためにロシアから留学してきた新人のバイト!」


(このアマ……)


あまりにも雑な偽名を平然と使うアヤに、ローマンは心の中で舌打ちする。


「ふふっ、なんかゲームに出てきそうな名前ですね」


(やはりな......)


ローマンの予想通り、遠回しに苗字をイジられた。


「ローマンでス。ヨろシクお願いしまス」


「水瀬 千秋です!近くの女子大に通っています!」


外国人らしく、たどたどしい口調で挨拶するローマン。無論、“カラシニコフ”という雑すぎる偽名の苗字だけは、頑なに名乗ろうとしなかった。


「ローマンさん、ロシアの方なんですね! 私、今大学でロシア語を勉強してるんですよ!」


初めて見る外国人――というより、自分が専攻しているロシア語圏の人間を前にし、千秋は目を輝かせる。


――嘘だろ……。


二人は笑顔のまま硬直した。


(“仕事”の話、ロシア語でやり取りしようと思ってたのに……おい、どうする?)


(落ち着きなさい! あくまで“勉強中”よ。話せるって言っても、複雑な内容までは理解できないはず……!)


(それでも、この女の前でロシア語で“仕事”の話をするのはまずい……)


(ローマン。あんた、確かタタール語話せたわよね?)


(ああ。話せるが、アヤは?)


(問題ないわ)


(じゃあ、“仕事”の話はタタール語でするか)


(そうしましょう!)


「ローマンさん?」


何も知らない千秋は、首をかしげた。


「ハハハ、ロシア語話せル人がいましてネ。驚きノあまり固マってしまいマシタ」


たどたどしく、不自然な日本語で取り繕うローマン。


「アハハ! もうローマンったら!」


場の空気を変えようと、アヤも明るく笑ってごまかす。


「ローマンさん、もしお時間あれば、私にロシア語教えてください!」


千秋は無邪気に目を輝かせ、ローマンにロシア語の指導をお願いする。


「良いですヨ!」


取り繕った笑顔で返すローマン。


『私、今大学でロシア語を勉強してるんですよ!』


彼女のその一言で、思わぬ形で裏目に出た。


結果として、ローマンとアヤにとって“一般社会に溶け込み潜伏する”という難易度は一気に跳ね上がることになる。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。