chap.4 極籠会会長
保護監督の仕事を終えたアヤとローマンは、報酬を受け取るため、屋敷の応接間へ案内された。
みずみずしく青々とした若草の香りが漂う畳の上で、二人は正座して待っていた。
その背後には、久慈良と新人の構成員が、手を前で組んだまま静かに立っている。
「アヤさん、遅れてしまい申し訳ありません。“仕事”が立て込んでいまして」
縁側に面した襖が静かに開き、一人の男が謝罪とともに姿を現した。
「いえいえ。鮫島さんが多忙なのは理解していますので、大丈夫ですよ」
三十代前半ほどの若々しい容姿。
ビジネスマンのように仕立ての良いスーツを着こなした男――鮫島 盈は、静かに二人の正面へ腰を下ろした。
「君がローマンですか。君の伝説は、かねてから耳にしていますよ。……おっと、申し遅れました」
鮫島は穏やかに微笑みながら、ゆっくりと頭を下げる。
「僕は“極籠会”を束ねる、極籠会三代目会長――鮫島 盈と申します。以後、お見知りおきを」
鮫島は挨拶代わりに、一枚の名刺をローマンへ差し出した。
――沢島製鐵所 最高責任者
沢島 盈
「沢島製鐵所……CEO……?」
それは、ごく普通の製鐵所のビジネス名刺だった。
「ご存じの通り、ウチの組織は厳しい法規制の目を掻い潜るため、複数のフロント企業を持っています」
鮫島は淡々と語る。
「表向きは、日常で使われる鉄製品を国内外へ提供する製鐵会社。しかし実態は――我々裏社会の人間が取引で使用する金貨の鋳造と流通を担う、“闇の銀行”のような存在です」
「俺たちが使っている金貨は、ここで作られていたのか……」
「ええ。世界各国の裏社会も、それぞれ独自に金貨の鋳造と流通を担っています。私たちは、その一端を担っているに過ぎません」
「俺の知ってるジャパニーズマフィアは、麻薬やみかじめ料で稼いでるイメージだったが」
「それは弱小組織の小遣い稼ぎに過ぎませんよ」
鮫島は肩をすくめながら続ける。
「実際、麻薬や我々ヤクザへの取り締まりは年々厳しくなっています。そんな状況で従来のシノギに固執するのは、あまりにもハイリスク・ローリターンです」
鮫島は背後に立つ久慈良へ視線を向ける。それを察した久慈良は、胸ポケットから一枚の写真を取り出し、静かに机の上へ置いた。
「極籠会初代会長――いえ、僕の祖父にあたる鮫島 弦蔵は、暴対法が施行された当初から、この法律の危険性を見抜いていました」
鮫島は机の上の写真へ目を落としながら続ける。
「組織を生き残らせるため、祖父は秘密裏に暗殺協会と取引を行った。そして、金貨の鋳造と流通の権利を手に入れたのです」
一拍置いてローマンへ視線を移す。
「その基盤があったからこそ、今の極籠会がある――というわけですよ」
「どうやら、俺が思っていたヤクザの印象は……フィクションだったみたいだな」
「ローマン。君が抱いていた幻想を壊してしまったのなら、申し訳ない」
鮫島は苦笑混じりに肩をすくめる。
「いや、むしろ“サンタクロースは実在しません”って聞かされたくらい最高のニュースだよ」
ローマンはそう言って笑い、鮫島の謝罪を軽いジョークで受け流した。
「ははっ。ちょっと長話をしてしまいましたね。では――お約束通りの報酬を」
鮫島はそう言って、ジャケットの内ポケットから少し大きめのコインケースを取り出した。
そこから、金貨を四枚取り出し、机の上へ静かに並べる。
「……? 今日はいつもより多いわね」
「ウチの若頭と久慈良から話は聞いています。これは、アヤさんにご迷惑をおかけした分の詫びと――ローマン、君個人への報酬も含めたものです」
「いや、そこまでしなくてもいいわよ……」
「話によれば、保護官の庇護下に置かれた者は、保護官の仕事の補助、あるいは所属クライアントの業務補助へ回されるのでしょう?」
鮫島は穏やかな口調のまま続ける。
「ならば、保護官や所属組織の補助を行った者へ報酬を支払うのは当然です。それが筋というものでしょう」
「それ、私が払うつもりだったのに……別に気にしなくていいわよ」
きっちりと筋を通そうとする鮫島に、アヤは肩をすくめる。
「それはそうと、ローマン」
静かにローマンへ一瞥する盈。
「実は、僕も府隈と同じで君の実力には興味がある」
「っ……!!」
「もちろん、府隈のような真似はさせない。――ただ、一つ思考実験に付き合ってほしい」
「思考実験?」
「ええ」
鮫島は穏やかな笑みを浮かべたまま、静かに問いかける。
「もし、この瞬間から屋敷中の組員全員が、君に殺意を向けて襲いかかってきたとしよう……。君なら、この四面楚歌の状況をどう切り抜ける?」
「そうだな――」
ローマンは一切迷うことなく口を開く。
「まず、机の上のペンで会長の喉を掻っ切る。次に、会長の懐に忍ばせてるTTI コンバットマスターを奪う」
淡々とした口調のまま、ローマンは続ける。
「後ろの新人を即座に射殺。殺し屋である久慈良は厄介だから、新人と会長の死体の血で視界を潰してから撃つ。……あとは流れに乗って全員殺す」
まるで既に実行した未来を語るように、ローマンは自然に戦闘シミュレーションを組み立てていく。
ローマンのその眼に宿るものは、ハッタリでも、ましてや出まかせでもなかった。
――本当に実行し、実現しかねない。
そう思わせるだけの凄みがあった。
「素晴らしい。京弥が君を高く評価するのも頷けるな」
冷静に戦術を語るローマンへ敬意を払い、鮫島は静かに拍手を送る。
「ローマン。殺し屋活動を再開する一年後――もし行く当てがないのなら、ぜひウチへ来てほしい」
鮫島は穏やかに微笑む。
「僕はいつでも、君を高く買うよ」
「ああ。その時は、頼む」
金貨を受け取った二人は、静かに席を立った。
「駐車場までお送りいたします」
新人構成員が一歩前に出て、先導するように進み出る。
二人はそのまま、応接間を後にした。
「いざ改めて対面すると、なかなかの気迫だな。世の殺し屋たちが憧れるのも分かるよ、京弥」
「……あれほどの人材を捨て駒にする“サント=マリオ・ファミリー”は、どうかしていると思いますよ、会長」




