chap.3 “見届け”と“後処理”
ローマンを乗せたまま、アヤは車を走らせる。
二人を乗せた車は、大きな屋敷の駐車場へと滑り込んだ。
車を降りた瞬間、十人ほどの黒いスーツ姿の男たちが、一斉に頭を下げる。
「「お疲れ様です、アヤさん!」」
低く揃った声が、駐車場に響いた。男たちは自然に左右へ分かれ、中央に一本の通路を作る。
その奥から、一人の男がゆっくりと歩み出た。
仕立ての良いスーツを着こなした、物腰の柔らかそうな男だった。
「アヤさん、お疲れ様です」
男は穏やかな笑みを浮かべながら、丁寧に頭を下げる。
「お疲れ様、久慈良」
「本当に、“伝説の殺し屋”ローマンが、あなたの傍にいるのですね」
久慈良は、アヤの後ろに立つローマンへ視線を向けた。
「アンタは確か……暗殺ランキング5位の……久慈良 京弥だったか」
「伝説の殺し屋に名前を覚えていただけるとは、光栄です」
憧れの男に名を覚えられていたことが、久慈良には何より嬉しかった。
「暗殺ランキング上位十位以内の奴らは、嫌でも覚える。この国の中じゃ、あんたも相当な実力者だもんな」
「いやいや、俺なんて、あなたほど強くはありませんよ」
「おい、久慈良。いつまでくっちゃべってる?」
久慈良の背後から、一人の強面の男が近づいてくる。
「府隈さん、すみません」
「ここに籍を置いてるなら、“府隈さん”じゃなく“若頭”だろうが!!」
「……すみません」
アヤは二人のやり取りを眺めながら、軽く肩をすくめた。
「それで? 今日は私たちは何をすればいいの?」
「アヤさん、本日は仕事の“見届け”と“後処理”をお願いしてもよろしいでしょうか」
先ほどまで部下たちに圧倒的な威圧感を放っていた府隈が、アヤの前では礼儀正しく頭を下げる。
その姿は、まるで対等なビジネスパートナーに接する商談相手のようだった。
「見届けと後処理?」
仕事内容が理解できず、ローマンは首を傾げる。
「要するに――殺し屋である久慈良の暗殺を、文字通り見届けるの。そして、死体の処理を私たちが担当するってことよ」
「つまり、雑用までやらされるってことか」
「そうね」
アヤは淡々と説明を続ける。
「暗殺協会、暗黙の掟を守らせるため、一部の案件では暗殺協会の職員が仲介役として立ち会うの。暗殺を見届けて、依頼人と殺し屋の間で齟齬が起きないようにするためにね」
「なるほど……」
府隈と久慈良に連れられ、ローマンとアヤが案内されたのは屋敷の地下だった。
電球が一つだけ吊るされた、薄暗く閉ざされた部屋。
その中央では、一人の男が椅子に拘束され、頭から麻袋を被せられていた。
「田中一郎……金融会社への借金を踏み倒した挙句、隠れて薬の売買、若い女騙して売春斡旋までして、ウチのシマを好き勝手荒らしたクズです」
構成員の一人が、男に被せられていた麻袋を乱暴に引き剥がす。
男の口は、タオルで塞がれていた。
「うううううううッ!」
突然目の前に広がる光景に、男は激しく動揺する。
「分かったわ。いつも通り見届けてあげる」
アヤは腕を組み、壁に背を預けた。
「いや、せっかくの機会ですし……ローマン」
府隈が指で示すようにローマンを指名する。
「俺も長いこと裏の世界で生きてきたからアンタのことは知ってる。一度でいい、実力を見てみたい」
「ッ!! 府隈、アンタ……!」
ローマンを戦わせることに、アヤは思わず声を荒げる。
「アヤさん。俺もそのルールは理解しています。だからせめて、肉弾戦だけでもローマンの実力を見てみたいんです」
「でも……!」
「大丈夫です。とどめはウチの久慈良にやらせますので。伝説の殺し屋と呼ばれたアンタの実力に興味があるだけです」
「いいぜ」
「ローマン!」
「とりあえず、“殺さず無力化”すればいいんだろ?」
ローマンは上着のスーツを脱ぎ、シャツの袖をまくり、ネクタイを緩めた。
「ローマン、ありがとうな。我が儘聞いてくれて」
「なあに、一種のファンサービスだ」
「おい田中! 一度だけチャンスをやる。目の前の男を殺せば、この件は水に流してやる!」
ローマンの実力に強い興味を抱いた府隈は、田中の拘束を解き放つと、あえて闘争本能を煽るように告げた。
「おい! 借金もか!?」
「ああ、全部だ」
「うおおおおおおお!」
甘言に乗せられた男は咆哮を上げ、構えを取った。
「さあ来いよ! 俺はボクシング・ヘビー級チャンピオンだ!」
“すべて不問”という条件に焚きつけられ、男の興奮は最高潮に達していた。
「アヤ! 10秒……いや、5秒だ。5秒でこいつを叩きのめす」
「随分な自信だな!クソ野郎!」
ローマンが宣告した直後、男は地を蹴り、一気に間合いへ踏み込んだ。
1秒――俊敏な踏み込みから、重い拳がローマンの顔面へ放たれる。
2秒――ローマンはその単調な軌道を見切り、最小限の動きでそれを躱す。
3秒――返すように、男の鳩尾へ強烈な一撃を叩き込む。
4秒――刹那、男の意識が揺らぎ、視界が歪む。
5秒――ローマンは男の顔面を掴むと、そのまま地面へ叩きつけた。
ローマンは宣言通り、わずか5秒で男を完全に無力化した。
「はい……終わり」
「フッ……ハハハハハ! ローマン、やはりお前は生きた伝説だ!」
ローマンの圧倒的な実力に、府隈は興奮のあまり高笑いを上げた。
「はぁ……はぁ……府隈さん、俺に……もう一度だけ、チャンスを……」
「久慈良」
「はい」
絶望の表情で縋る男の懇願を遮るように、府隈が短く指示を出す。
久慈良は一瞬の躊躇もなく懐からSIG SAUER P230を抜き出し、引き金を引いた。
乾いた銃声が、地下室に響く。
「アヤさん、私情で勝手な真似をしてしまい、申し訳ありません」
アヤの前に立ち、府隈は深く頭を下げた。
「まあいいわ。過程は省いて、結果だけ報告しておいてあげる」




