chap.13 二人のおとうさん
昼下がりの小学校――。
午後からの五限目の授業が始まる直前、席についた子供たちは、どこか落ち着きがなくそわそわとしていた。それもそのはず、今日は子供たちにとって待ちに待った、あるいは気が気でない「保護者参観」の日なのだ。
親の視線を背中に浴びながらいつも通りに授業を受けるというのは、小学生にとっては一大イベントに他ならない。
普段通りのやんちゃがバレて後で怒られないかと身を縮める子が思えば、親の前でいいところを見せようと、今から小さく拳を握りしめて意気込む子もいる。
そして中には――親の愛情に少し飢えている寂しさから、誰よりも早くその姿を見つけようと、何度も教室の入り口へ視線を彷徨わせ、親が来てくれるのを今か今かと待ち侘びている子もいた。
その中で、沢島蒼――もとい『鮫島蒼』は、父親である鮫島盈が来てくれるのを今か今かと待ち侘び、誰よりも激しくそわそわとしていた。
「なんだか、すっごく緊張するね、蒼ちゃん」
「う、うん……」
隣の席の友達に話しかけられ、蒼は小さく頷く。
その小さな胸は、期待と不安でいっぱいに膨らんでいた。
保護者参観というイベントを前に、緊張に身を固くしているのは蒼たち子供だけではない。彼女たちのクラスを担任する女性教師もまた、同じように冷や汗をにじませていた。
授業内容の段取り、保護者たちからの無言の視線。
押し潰されそうなプレッシャーを抱えながらも、そこは大人としてのプライドがある。
先生は緊張を一切表に出すことなく、いつも通り毅然とした態度で教壇の前に立った。
キーンコーンカーンコーン――。
そして、授業開始を告げるチャイムの音とタイミングを合わせるように、廊下から保護者たちが次々と教室へと入ってきた。
(お父さん……)
小さな胸の中で、緊張と不安が混ざり合った呟きがポツリと溢れる。
その頃、学校の廊下では、長い影を落としながら急ぎ足で教室へと向かう二人の男がいた。 鮫島盈と彼に付き従う久慈良だった。
「しかし社長、なぜ俺まで学校に呼び出すんですかねぇ……」
久慈良は気まずそうに首筋を掻きながら、声を潜めて溢す。
「いくら公共の場とは言え、組織のトップである俺を一人にする訳にはいかないだろう? いついかなる時でも、最低一人は護衛がついていないと示しがつかんだろ?」
「それはそうですけど、他の保護者達や、周囲の目というモノがあるでしょうに……。俺みたいなのがいたら浮きますよ」
「気にするな」
盈は前を見据えたまま、ふっと優しい目を引いた。
「蒼が必要としてくれる『家族』は、俺一人だけじゃないってことだ」
「……買いかぶり過ぎですよ、兄弟」
久慈良は照れ隠しに小さく苦笑する。
やがて目的の教室の前にたどり着いた二人は、意を決したように静かに教室の戸を開いた。
ガラガラ、と戸の開く音に振り返ると、愛する父親といつも優しく付き添ってくれる久慈良の姿が蒼の視界に飛び込んできた。
(お父さん! 久慈良!)
二人の姿を確認した瞬間、小さな胸に溜まっていた不安は綺麗さっぱり吹き飛び、蒼の顔にパッと大輪の笑みが咲く。
「すみません、遅れました」
盈は小さく頭を下げて謝罪すると、久慈良を伴って足音を立てずに静かに教室へと入ってきた。
(……ちょっと待って、何このイケメン二人組!? 沢島さんのお父さんだけでもスタイル抜群でカッコいいのに、後ろの付き添いの人もモデルみたいに綺麗じゃないの……っ!?)
「……っ」
突如として教室の後方に現れた、あまりにも顔面の偏差値が高すぎる男たち。
その色気に一瞬で心を奪われた担任教師は、チョークを握ったまま完全に絶句してフリーズしてしまった。
「――先生?」
「あ、あら! ごめんなさいっ! 先生も初めての保護者参観だから、ちょっと緊張しちゃって! アハハハ!」
怪訝そうに首を傾げる生徒の声でハッと正気に戻り、先生は顔を真っ赤にしながら必死の笑顔で取り繕い教室は笑顔に包まれた。
無事に授業参観が終わり、校庭は保護者と嬉しそうに手を繋いで下校する子供たちで賑わっていた。
「今日の授業、蒼はすごく頑張っていたな。よし、今夜は何か美味しいものでも食べに行こうか!」
盈が優しい父親の顔で語りかけると、蒼の瞳がパッと輝く。
「本当!?」
「ああ、本当だとも」
「やったぁ! ――ねえ、久慈良も一緒に来るよね?」
蒼はもう片方の手を繋いでいる大柄な男を見上げ、期待を込めて尋ねた。
久慈良は一瞬だけ照れくさそうに目元を緩めると、小さな主に向けて優しく頷いた。
「お嬢の頼みとあらば、いくらでもお供しますよ」
大好きな二人の大きな手をそれぞれの両手にしっかりと繋ぎ、蒼は満面の笑みを弾ませながら、弾むような足取りで夕暮れの校庭を歩いていく。
大好きな二人の手を握りしめ、満面の笑みで校庭を歩いていく蒼。
その幸せそうな三人の後ろ姿を、少し離れた場所から熱い視線で見つめる影があった。
ピコン、ピコン、ピコン――。
何も知らない三人の背後で、保護者の主婦たちと女性教師によるLINEのグループチャットが、かつてないほどの勢いで大炎上を見せていた。
『ねぇ、沢島さんとこのお父さん、めちゃくちゃカッコよくない!?』
『分かる! 沢島さんって、確か男手一つで娘さんを育ててるのよね?』
『そうそう、噂だと奥様が病気でお亡くなりになってから、ずっと独りで育ててらっしゃるらしいわよ』
『奥様への未練を大事にしてる寡黙なシングルファザー……尊すぎる……』
『でもちょっと待って、お父さんへのアタックが難易度高いとしたら、付き添いで来てた久慈良って人もアリじゃない!?』
『あのクールそうな美形の人よね! ねぇ、あの人って独身かしら!?』
裏社会の住人である二人が、今まさにママ友界の新たなアイドルとして祀り上げられていることなど、当人たちは微塵も知る由はなかった。




