chap.11 廃工場での戦い
無影はNP42のトリガーを素早く二度引いた。
乾いた銃声と共に放たれた二発の銃弾が、一直線にローマンへ襲い掛かる。
だがローマンは身を低く沈めると、地面を蹴って一気に間合いを詰めた。
その瞬間――死角から放たれたナイフが、無影の喉元へ鋭く飛来する。
「……っ!」
無影は即座に指輪仕込みのリングナイフを滑らせ、飛来した刃を弾き落とした。
だが、“死神”は止まらない。
無影は再びNP42を構え、立て続けに三発発砲する。
しかしローマンは、常人離れした反射速度でその全てを躱した。
「くっ……!!」
再び無影はNP42をローマンへ向ける。
だが次の瞬間――ローマンが投げ放ったナイフが、NP42のスライドと機関部の隙間へ深々と突き刺さった。
金属が噛み合う嫌な音。
動作不良を起こした拳銃を、無影は即座に床へ投げ捨てる。
「さすが“死神”の異名持ちね」
無影は指先のリングナイフを静かに構えた。
「でも、そっちはもう得物がない。私にはまだこれがある」
鋭い刃先が、鈍い光を反射する。
「この状況、どう打破するつもり? ローマン」
対するローマンは、まるで気負った様子もなく拳を握り込んだ。
「武器が無くなったなら、その辺にあるもん使って戦えばいい」
静かに腰を落とし、構える。
「殺し屋ってのは、そういうもんだろ?」
「あんたには掟で殺す権利がなくなってる。それでも私に勝てると?」
「問題ない」
ローマンは静かに拳を構えた。
「あんたが“呼吸している”限り、死にはしない」
「舐めた真似を!!」
挑発に乗せられるように、無影が地面を蹴る。
次の瞬間――両者の姿が掻き消えた。
鋭い踏み込みと共に交錯する。
リングナイフを閃かせる無影の指先を、ローマンは紙一重でいなし続ける。
村雨、被中、雁下、早打、壇中、活殺――流れるような弱所の連撃。
ローマンの拳が、正確無比に無影の急所を撃ち抜いていく。
「かっ……!!」
肺から空気が強制的に吐き出され、無影の身体が大きく揺れた。
「これで終わりだ……」
ローマンは一歩踏み込み、全身の力を拳へ乗せた次の瞬間――鳩尾、水月へ叩き込まれた一撃が、無影の身体をくの字に折り曲げた。
「ハハッ――これが、上位二位の実力か……」
冷たいコンクリート壁へ叩きつけられた無影は、そのまま崩れ落ちた。
意識は失っているのだがローマンの宣告通り、呼吸だけはかすかに残されていた。
――その頃。
工場内の細い通路を、カンは蒼を肩に抱えたまま全力で駆けていた。
両手にはSIG MCX VIRTUS。
チェストリグには予備マガジンが五本。
少女一人を抱えた状態では、装備の重量が足へ重くのしかかる。
「チッ……!」
その背後から――ガァン!! ガァン!!
高い金属音を響かせながら、久慈良が猛追していた。
鉄製の手すりを蹴り飛ばし、障害物を乱暴に弾き飛ばしながら、一気に距離を詰めてくる。
「蒼!!」
「久慈良……! 久慈良!!」
麻袋を被されたまま、蒼が縋るように叫ぶ。
「〈黙ってろ、このクソガキ!!〉」
苛立ちのまま、カンは反射的に韓国語で怒鳴りつけた。
その瞬間――視界の端に、工場設備のベルトコンベアが映る。
「……!」
カンは蒼を乱暴に降ろすと、咄嗟にコンベアの上へ放り投げた。次の瞬間、壁際のスイッチを強引に叩く。
ガコン――。
鈍い駆動音と共に、停止していたベルトがゆっくりと動き始めた。
「イイか! ソコで大人シクしてロ!!」
片言の日本語で怒鳴りながら、カンは再びSIG MCX VIRTUSを構え直す。
久慈良が起動したベルトコンベアの上に踏み込んだ瞬間――。
銃弾がパイプに着弾し、甲高い金属音が響いた。
「〈久慈良京弥、お前を殺して上位ランクに入ってやる!〉」
「同業の仕業か……」
呟いた瞬間、物陰から飛来した銃弾を紙一重で回避し、久慈良は近くの遮蔽物へと滑り込む。
弾道の角度から敵の位置を即座に割り出し、MP7を構えた。
次の瞬間、互いに姿を晒したまま引き金を引く。
銃声が重なり、火花が散る。
遮蔽物から遮蔽物へと移動しながら、牽制射撃を交えつつ距離を詰めていく。
「何が目的で蒼を攫う?」
「〈知らないな! いつも通りクライアントに雇われただけだ!〉」
(やっぱり、簡単には情報は吐かないか……)
SIG MCX VIRTUSのマガジンを交換しながら口を閉ざすカンに対し、久慈良はどこか全てを見通しているようだった。
(欺瞞戦争の教訓だ。フリーランスの依頼主と殺し屋が、互いの素性を厳重に伏せ合うの常識。簡単には吐けないよな……)
MCXのリロードという一瞬の隙を久慈良は見逃さない。
間髪入れずに鋭い銃撃を叩き込む。
(だが、わざわざこのタイミングを狙って蒼を攫ったんだ。雇い主の目星はついている)
弾道の死角を利用し、敵に悟られることなく別の遮蔽物へ滑り込む。
(大嶽連合の誰かが、会談を有耶無耶にするために仕掛けた見る……!)
カンの潜む遮蔽物へ向け、MP7を容赦なく撃ち込み続ける久慈良。
だが、カチリ――と、無情な弾切れの音が夜の工場に響いた。
久慈良はすぐさま遮蔽物の奥へと身を潜め、MP7の空マガジンを落として次弾を素早く装填する。
(暗殺協会と手を組んだウチのやり方を、面白く思わない組織はごまんといた。特に、昔気質の古いヤクザからは、伝統を汚す売国奴のように目の敵にされていたっけな……)
―――時代に合わせて柔軟に動く若い世代なら、こんなリスクは冒さない。
古臭いヤクザの面子や慣習に縛られ、時代の変化に追いつけない老害どもが、海外の同業を呼び寄せてこの凶行に及んだ。
会談を控えたわずか一週間前というこのタイミング……。
しかも、会談の日取りを知っているのは、ウチの組織では俺とカシラ、幹部の若頭補佐たちそして会長。
あとは大嶽側の幹部、それも一握りの人間に限られている。
点と線が繋がる。
黒幕は外部の人間じゃない。
大嶽連合の最高幹部、あるいはそれに準ずる地位にいる、あの会談を直近で知る立場にいる人間だ。
戦闘の渦中にありながら、久慈良の頭脳は冷徹に黒幕のプロファイルを完成させていく。
(そして……こいつらは情報漏洩を恐れた雇い主に『知らされていない』だけだ。最初から、何も掴んじゃいない)
久慈良は遮蔽物から鋭く身を乗り出し、MP7のトリガーを引いた。
放たれた一発のAP SX弾が、寸分の狂いもなくカンのSIG MCX VIRTUSを捉える。
「クソっ――!」
強烈な衝撃と共に被弾したMCXは動作不良を起こし、引き金が固定され動かなくなる。
カンが驚愕に目を見開いた、まさにその直後――容赦なく放たれた次弾が、カンの眉間を正確に撃ち抜いた。
「久慈良。片付いたのか――」
硝煙の漂う通路の奥から、無影を無力化し終えたローマンが静かに姿を現した。
「ああ」
久慈良は短く応じると、すぐに壁のスイッチを叩いてベルトコンベアの動きを止める。
「蒼っ!!」
コンベアの上で小さく丸まっていた姿を見つけ、久慈良はすぐに駆け寄った。
被せられていた麻袋を乱暴に剥ぎ取り、手首の結束バンドをナイフで素早く切り裂く。
「大丈夫か? ケガはないか!?」
「久慈良……! 久慈良ぁっ、怖かった、怖かったよぉ……!!」
久慈良の顔を見た瞬間、張り詰めていた恐怖が涙となって溢れ出し、蒼はしがみつくようにその胸へ飛び込んだ。
「もう大丈夫だ。……さあ、一緒に家に帰ろう」
小さな身体を壊れないように優しく抱きしめ、久慈良は静かに髪を撫でた。
恐怖で腰が抜けてしまった蒼を優しく抱きかかえ、久慈良はローマンと共に硝煙の漂う工場を後にした。
「ローマン」
「ああ、分かっている」
歩きながら、ローマンはポケットからスマートフォンを取り出し、ある番号へコールを掛けた。
『はい、暗殺協会御用達――“どこでも清掃サービス”です』
「“仕事”を終えた。いつも通り、現場の“清掃”を頼む」
『かしこまりました。ただちに手配いたします』
それからわずか十五分後。
闇に紛れるようにして、三台の白いバンが工場の敷地内へと滑り込んできた。
ドアが一斉に開き、中から白い防護作業着に身を包んだ清掃員たちが、一切の無駄のない動きで飛び出していく。
工場内では、清掃員たちが銃痕の修復やカンの死体処理など、文字通り“戦場の痕跡”を完璧に消し去っていく。
久慈良たちが桜の囚われていた黒いバンの前まで戻ると、そこにはアヤが静かに佇んでいた。
「二人とも、お疲れ様」
「アヤ。バンの中にいるあの桜はどうする?」
ローマンの問いに、アヤは迷いのない口調で答えた。
「私が責任を持って家まで送り届けるわ。『車を走らせていた道すがら、貧血で道路に倒れていた桜を、店主である私が偶然見つけて保護した』――そういう体で通すから。ローマン、あんたは久慈良と一緒に帰りなさい」
「分かった。久慈良、お嬢の様子はどうだ?」
ローマンの問いに、久慈良は腕の中の小さな身体をそっと見つめた。
「問題ない。蒼は極度の緊張と恐怖で疲れ果てて、眠りについたよ。会長には今回のことをすべて話すが、蒼お嬢には『悪い大人から俺が助けた』ということにしておく」
「そうか……」
「アヤさんから聞いたがローマン、サント=マリオファミリーから命を狙われてるんだろ。今回の件でアンタが動いた事実は、伏せておく」
久慈良はローマンにそう言い残すと、隣にいるアヤへ向けて静かに目配せを贈った。アヤは小さく息を吐き、微笑む。
「助かるわ、久慈良」




