6話「名もなき揺り籠1」
航路変更から五日目の朝、遺跡が見えた。
砂平線の向こうに、最初はただの影のように見えた。太陽が昇るにつれて輪郭がはっきりし、それが途方もなく大きなものだと分かったとき、甲板にいた全員が言葉を失った。
砂の海から隆起した先史文明の構造物は、小山のようだった。高さは三十メートル以上。灰色の金属と白っぽい石材が組み合わさった壁面が、砂嵐で削られながらも堂々と屹立している。壁面の一部が崩落して内部構造が露出しており、幾重にも重なった階層が断面図のように見えた。
「でかいな……」
ヨナスが呟いた。
「ハスマで聞いた話より、ずっとでかい」
ルードが渋い顔をしている。大きいということは、それだけ未知の危険も多いということだ。
アウリィは船首に張り付いて、目を輝かせていた。風に煽られるマントを片手で押さえながら、遺跡の全容を食い入るように見つめている。最初に見た小さな遺跡とは規模が違う。あれが家だとすれば、これは城だ。いや、城というよりも——
「ナディ、あれ、建物じゃないかも」
操舵室に首を突っ込んで言った。ナディラは舵を握ったまま、前方の遺跡を見据えている。
「建物じゃない?」
「形が左右対称で、下に行くほど幅が広い。それに、壁面の下部に金属板が並んでるの、見える? あの配置、この船の船底の板に似てる」
ナディラの目が細くなった。操舵室の窓越しに遺跡を凝視する。
「……まさか」
「船だよ、あれ。砂上船。ものすごく大きな」
沈黙が落ちた。甲板の上で、ヨナスとサフィとルードも遺跡を見つめ直している。言われてみれば、確かにそうだった。崩落した壁面は船殻の断面だ。突き出した金属の骨組みは、肋材の残骸だ。そして上部の構造物は、巨大な船の甲板上に建てられた建物群だ。
「先史文明の砂上船……」
ナディラの声には、抑えきれない何かが滲んでいた。畏怖と、憧憬と、それから——渇望。
「どのくらいの大きさだと思う?」
「隆起してる部分だけで百メートル以上ある。砂の下にまだ埋まってるなら、全長は——想像もつかない」
「先史金属が、山ほどある」
「うん。けど、気をつけないと。あの規模の遺跡なら、中に何が残ってるか分からない」
アウリィは精霊に呼びかけた。砂虫の一件以来、砂の精霊との距離は目に見えて縮まっていた。あのとき槍を通じて力を貸してくれたことが契機になったのか、以前のようなよそよそしさは薄れている。風の精霊も、呼びかけに対してそっと応じてくれるようになった。
遺跡の周辺を探る。
生き物の気配は——小さなものがいくつか。砂虫ではない。もっと小さい何か。遺跡の内部に棲みついている生き物だろうか。
そしてもう一つ。
遺跡の深部から、あの振動が来ていた。最初の小さな遺跡で感じたものと同じ、眠っているような微弱な脈動。だが、規模が段違いだった。小さな遺跡のそれが寝息だとすれば、これは心臓の鼓動だ。弱々しく、けれど確かに、何かがまだ動いている。
「ナディ、中に入る?」
「……入りたい」
その声の響き方を、アウリィは聞き逃さなかった。交易のための判断ではなかった。先史金属の素材を手に入れるという実利的な目的は確かにあるのだろう。でも、ナディラの声に混じっていたのは、もっと個人的な感情だった。
「じゃあ入ろう」
「あんたは何でも軽く言うな」
「軽くないよ。ナディが行きたいところに、ボクも行きたいだけ」
ナディラは何か言おうとして、口を噤んだ。舵輪を握る手に力がこもった。




