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その配信は【閲覧注意】~ダンジョン死亡配信録~  作者: にとはるいち
第二部

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第87話 脱走経路

 扉をゆっくりと開き、外に顔を出す。


 石畳の通路を見ても、誰もいない。


 ――行くしかない。


 ハナの言っていた通り、右手の通路を進んでいく。

 音をたてないように……。

 慎重に……。


 こんな経験は初めてだ。

 まるで、刑務所から脱獄する犯罪者になったような気分だった。


 通路を進んでいくと、前の方に、半開きの扉が目に入った。

 中から光が漏れ出ている。


 誰かいるのか……?

 私は慎重に近づき、中を覗く。


 部屋の奥には、椅子に座っている信者がいた。

 まずい、と思った。

 しかし、よく見るとそいつは、居眠りをしていた。


「寝てるだけか……」


 その部屋は、倉庫として使われているようだった。

 棚が立ち並んでおり、様々な備品が置かれている。


 信者が寝ているうちに部屋の前を通り抜けようとしたとき、棚に置いてある()()が目に入った。


 私の荷物じゃないか……!

 拘束時に没収されたカバンが、ここに保管されていたようだ。

 

 取りに行くしかない。


 あの中には配信用ドローンも入っている。

 あんな高価なものを置いて逃げるわけにはいかない……!

 

 私は息をひそめながら、半開きの扉をゆっくりと開ける。

 幸いなことに、音はしない。


 部屋の中に素早く入り込み、荷物を回収する。

 チラリと横目で信者を見る。


 よし……まだ寝ている。


 私は何事もなかったかのように、静かに部屋を立ち去った。


 さらに通路を進む。


 突き当りの扉にたどり着く。

 内側から鍵を開ける。

 カチャリ、という音がやけに大きく聞こえた。


 ハナの話が本当なら、この向こうが教会の外のはずだ。


 ゆっくりと扉を開ける……。


 ――外だ。


 六層の景色が、広がっている。


 川の音が聞こえる。

 風が頬をかすめる。

 光る植物たちがやわらかな微光を放っている。


 幻想的だ。

 

 ……いや、見とれている場合じゃない。


 ハナからもらった地図を確認して、ルート通りに進む。


 花畑を通り過ぎ、森に入り、川を渡った。


 途中で、見回りをしている信者たちが目に入った。

 バレると思ったけど、そんなことはなかった。

 

 私が進むルートは、確認が甘いようだった。

 彼らの監視の目をかいくぐりながら、タイミングよく、通り抜けることができてしまった。


 まるで、信者たちの動きを予想しているかのような道筋だった。


「まさか……ね」


 そう独りごちながら、さらに進んでいく。


 そして、ルートの最終地点までたどり着いた。

 六層の端の岩壁だ。


 教会からは十分に離れていて、もう見つかる心配はないだろう。


「あれ……?」


 問題が発生した。


 ここに、上層へ通じる通路があると思っていた。


 だけど、岩壁には亀裂一つない。


 行き止まり。


「そんなはずは……」


 どこかに通路があるはずだと歩き回るが、見つからない。


 どういうこと?

 まさか、ハナは嘘をついていた?

 

 いや、そんな風には見えなかった。

 それに、わざわざ中途半端に逃がすような真似をする意味も分からない。


 色んな可能性が頭の中を駆け巡るが、答えが出ない……。


 どうしようかと困り果てていたその時だった。

 

 岩壁の方から、シュー、という音が聞こえてきた。


 音のする方を見ると、岩肌の一部から、黒い煙が出ている。


「これって、もしかして……」


 黒い煙は、すぐに収まった。

 そして、煙が晴れると、そこには黒い扉があった。


 これは、「転移」現象だ……!


 ダンジョン内でたまに起きる現象。


 下層のものが上層に出現したり、あるいはその逆が起こる。

 こんな風に、どこかへ通じる入り口が急に現れたりもする。


 まさか、ハナはこれを予想していたというのか……!?

 転移現象なんて、完全にランダムなはずだ。


 ――「予言です」


 アーロンが最初に言っていた言葉を思い出した。


 予言なんて、そんなものあるはずがないと思っていた。


 でも、これは……。

 未来が分かっているとしか思えない芸当だ。


 だけど、驚いている場合じゃない。


 進むとしたら、この扉の向こうしかない以上、悠長にしている暇はない。

 この扉が、いつまでここに存在するか分からないからだ。

 

 私は、黒い扉を開けた。

 意を決して、奥へ広がる空間へ入る。


 そこは、ダンジョンらしい薄暗いエリアだった。

 六層とは明らかに雰囲気が違う。もっと上層だろうか。


 私が通り抜けると、黒い扉は煙のようにふっと消えた。


 前に進むしかない。


 道なりに歩いていくと、開けた場所に出た。


「あっ」


 知っている場所だった。

 第三層の一角だ。


 魔物もそんなに湧かない、比較的平穏な場所。

 四層へ降りるのためによく通る、印象に残らない通過点。

 

 それなのに、今はとても愛おしい故郷のように思えた。


「戻ってこれた……」


 声に出して、やっと実感が湧いた。


 膝から力が抜ける。

 その場にしゃがみ込み、冷たい石床に手をつく。


 ここは第三層。


 六層の湿った空気とは違う。


 魔素は薄く、軽い。


 それだけで、胸が少し楽になる。


 ――本当に、戻ったんだ。


 私は深く息を吸った。

 ちゃんと吸える。ちゃんと吐ける。


 当たり前のことが、こんなにもありがたいなんて。


 少し休んだあと、慎重に上層への階段を目指す。


 途中、数体の魔物に遭遇したが、今の私は冷静だった。


 ブレスレットはもうない。

 魔素は使える。


 ハンマーを具現化し、必要最小限で対処する。


 戦いながら、ふと思う。


 さっきまで、私は「捕虜」だった。

 そして今は、普通の探索者に戻っている。


 状況が急変しすぎて、現実味がない。


 第二層。

 第一層。


 階段を上るたびに、空気が変わる。


 そして。


 ダンジョンの入り口が見えた。

 外の光が、差し込んでいる。


 眩しい。

 いつの間にか、朝になっていたようだ。


 こんなに明るかったっけ。


 一歩、外へ出る。


 空だ。


 本物の空。


 広くて、青くて、雲が流れている。


 風が、肌に触れる。


 魔素の匂いが薄れていく。


「……帰ってきた」


 誰に言うでもなく、呟く。


 足は震えている。

 でも、立っている。

 私は、生きている。


 ――「ダンジョンに、聞いた」


 ハナの言葉がよみがえる。


 本当に、あれはダンジョンの答えだったのか?


 あの扉は偶然だったのか?


 それとも。


 私を、外へ出すことが「許可」されたのか。


 ぞくりとする。


 ダンジョンは、ただの迷宮じゃないのかもしれない。


 でも、ダンジョンの正体のことなんて、私の専門じゃない。

 私はあくまで配信者だ。


 生きて帰ってこれたのだから、また配信ができる。

 それでいい。


 私は空を見上げる。


 自由だ。


 でも、あの六層の静かな空気が、頭から離れない。


 外に戻ってきたはずなのに、私の中の何かは、まだダンジョンの奥に置き去りのままだった。


 私は、ゆっくりと街へ向かって歩き出した。

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