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その配信は【閲覧注意】~ダンジョン死亡配信録~  作者: にとはるいち
第二部

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第83話 檻の中で

 連れてこられたのは、教団本部の奥まった一角だった。


 重たい扉がいくつも並ぶ廊下。

 無機質な石壁。足音がやけに響く。

 いかにも、って感じだ。


 私は勝手に、湿った石造りの地下牢を想像していた。

 鉄の檻、藁の寝床、鎖。


 ……刑務所の独房みたいな場所だろう、と。


 けれど、通された部屋は少し違った。


 扉が開く。


「こちらです」


 押し込まれるように中へ入る。


 思わず、瞬きをした。


 そこは、寮の一室みたいな部屋だった。


 簡素だけど清潔なベッド。

 小さな机と椅子。

 壁際には洗面台。奥にはシャワールームとトイレまである。


 生活できる環境は整っている。


 壁は白く、床も磨かれている。

 匂いも湿っぽさもない。


 まるで、長期滞在を前提にした客室。


 ただひとつを除いて。


 窓。


 外が見える小さな窓には、太い鉄格子がはめ込まれていた。


 格子は外側ではなく、内側に固定されている。

 本気で逃がさない構造。


 逃がす気はない。


 それだけは、はっきりしている。


「武器の具現化は禁止です」


 槍の女が、事務的な声で告げる。


 私の右手首を取る。


 カチリ、と冷たい感触。


 銀色のブレスレットが装着された。


 一見、装飾品みたいに見えるけれど、きっと内側には細かい術式か何かが組み込まれているのだろう。


 魔素の流れを、無理やり押さえつけられる感覚がした。

 じわりと、手首から先が重くなる。


 試しに、指先に意識を集中してみる。


 ――反応しない。


 いつもなら、すぐに応える感覚があるのに。


 空振り。

 何も出てこない。

 完全に封じられている。


「外から施錠します。何かあれば呼んでください」


 呼んだところで、どうなるんだろう。


 そう思ったけれど、言わなかった。


 扉が閉まる。

 重い金属音。

 鍵が回る音。


 カチャン。


 それが、妙に耳に残った。


 しばらく立ったまま、部屋を見渡す。


 ……思ったより、悪くない。


 悪くない、って思ってしまうのが、ちょっと悔しい。


 私はため息をついて、ベッドに腰を下ろした。

 マットレスは固め。でもちゃんと弾力がある。


 そのまま、後ろに倒れ込む。


 天井は白い。ひびひとつない。


 まるで普通の宿泊施設みたいだ。


 右手首のブレスレットを見上げる。

 鈍い銀色。外せる気がしない。


「はぁ……」


 なんで、あんな言い方をしたんだろう。


 アリサの件。

 教団の方針。

 アーロンの理屈。


 あそこで、少しうなずいておけば。


 「理解しました」って言っておけば。


 たぶん、ここにはいなかった。


 適当に話を合わせることなんて、いくらでもできた。


 配信でだって、空気を読むのは得意だ。

 炎上しない言い回し。

 角が立たない言葉。


 それくらい、いくらでも選べたのに。


 なのに。


 あのとき、どうしても黙れなかった。


 ……アリサの顔が浮かぶ。


 バーで会ったときの、あの無愛想な表情。


 感情が薄いみたいに見えて、でも実は誰よりも真っ直ぐで。


 自分の役割を、疑いもせず受け入れているみたいな目。 


 私は、アイツが嫌いだった。


 ――正直に言えば。


 強くて、冷静で、信念があって。


 私にないものを全部持っている気がして。


 比べられるたびに、胸がざわついた。


 コメント欄でも、何度も見た。


 「アリサのほうが安定してる」

 「ヤヤコは危なっかしい」

 「組むならアリサ」


 笑って流してきたけど、刺さらなかったわけじゃない。


 でも。それでも。


 アイツが「利用される側」に回るのは、違うと思った。


 誰かの理想のために、勝手に担がれて。

 「あなたは特別だから」と言われて。

 逃げ場をなくされていく。


 それ、私が一番嫌いなやつじゃん。


 アリサは強い。


 たぶん、私よりずっと。


 でも、強いからって、全部押しつけていい理由にはならない。


 アイツが本当に望んでいることを、ちゃんと聞いたのか?


 教団は。


 アーロンは。 


 ……私は、聞いたことがあるだろうか。


 胸の奥が、少し痛む。


 私は、アリサを守りたいのか。


 それとも。


 自分が「正しい側」に立ちたいだけなのか。


「……わかんないな」


 天井に向かって呟く。

 もちろん、返事はない。 


 時間の感覚が曖昧になる。


 窓の外の光が、少しずつ弱まっていく。

 どうやら、六層の壁面を覆い尽くすあの光る苔は、夜になると光が弱まるらしい。


 やがて、青が濃くなり。


 まるで月明かりに照らされたような光量に落ち着く。


 部屋の明かりだけが、ぽつんと灯っている。


 食事は運ばれてきたけれど、あまり味がしなかった。


 アリサのことを考えるたび、喉の奥が詰まる。 


 もし、アイツが生きてたとして、自分の意志で教団に従うなら……。


 私の言葉は、ただの押しつけだ。 

 

 ベッドに横になる。

 右手首が重い。

 自由を奪われた証みたいで、嫌になる。


 目を閉じる。


 アーロンの顔が浮かぶ。


 あの一瞬の揺れ。


 本当に一瞬だけ、迷った目。


 そして、アリサの無表情。

 

 私は、何を守ろうとしているんだろう。


 アリサ?


 自分の矜持?


 それとも――。 


 考えは、まとまらないまま。


 意識がゆっくりと沈んでいった。 


 ……どれくらい眠ったのかわからない。

 ふいに、目が覚める。


 暗い。

 部屋の灯りは落ちている。

 窓の外も真っ黒だ。


 静まり返った夜。


 ――コン。 


 小さな音。


 一瞬、気のせいかと思った。


 でも、もう一度。


 ――コン、コン。


 扉を、ノックする音。


 こんな時間に?


 私は上体を起こす。


「……誰?」


 静かに問いかける。


 数秒の沈黙。


 それから、扉の向こうから小さな声。


「私です」


 その声を聞いた瞬間、背筋が伸びた。


 聞き覚えがある。

 透き通っていて、どこか現実味のない声。


 あの、教祖の少女の声だった。

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