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その配信は【閲覧注意】~ダンジョン死亡配信録~  作者: にとはるいち
第二部

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第82話 拘束

 ――あなたを、「保護」する必要がある。


 その言葉を聞いた瞬間、背中に冷たいものが走った。


 保護。


 やわらかい響き。けれど、アーロンの目はまったくやわらかくなかった。

 あの目は、誰かを救おうとする人の目じゃない。

 もう決断を終えた人の目だ。


 「私の同意」なんて、最初から必要としていない。


 だからこそ、余計にぞっとした。


 間違いない。これ、拘束されるやつだ。

 話し合いは、もう終わったらしい。


 アーロンの右手がゆっくりと持ち上がる。

 空気が震え、淡い光が集まり始める。


 水晶。

 彼の固有スキル。

 おそらく、人や物体を宙に浮かせたり、自在に操ることできる能力。


 もし私の体を直接拘束されたら、抵抗のしようがない。

 腕を固定され、足を浮かされ、そのまま壁にでも押しつけられたら――終わりだ。


 距離を詰めるしかない。


 発動前に、止める。

 

 あれを使われたらまずい。

 迷ってる暇はない。


 魔素の光が形を成す、その直前。

 私は踏み込んだ。


「っ!」


 右手首を掴んで、思いきり引く。

 予想外だったのか、反応が一瞬遅れる。


 その遅れに、私は全力で食らいつく。


 相手は男。体格も上。

 正面から押し合えば勝てない。


 だから、崩す。


 アーロンの体勢が崩れる。


 驚いた顔。ほんの一瞬の隙。


 スクールで少しだけ習った近接戦闘。

 配信者向けの護身術講座。

 正直、半分は「気休め」だと思ってた。


 まさか本当に使う日が来るなんて。


 肘で関節を押さえ、足を払う。


 体をひねって、重心を崩す。


 鈍い音。


 アーロンが床に倒れ込む。


 水晶の光は霧散した。


「……っ」


 息をつく間もない。


 廊下の向こうから足音が響く。


 重い革靴と、金属の擦れる音。


 扉が勢いよく開いた。


 槍を構えた女と、大型の盾を背負った男。


 さっきの二人だ。


「アーロン様!」

「制圧します!」


 迷いがない。完全に戦闘態勢。


 正面からやったら、たぶん無理。


 私は右手を振る。

 武器を具現化。

 ずしり、と重みが落ちる。


 ハンマーを、そのまま床へ叩きつけた。


「っ――!」


 電撃が走る。


 轟音とともに白い閃光が弾ける。


 目の奥が焼けるような光。

 焦げた匂い。


「くっ……!」

「視界が……!」


 二人が一瞬ひるむ。


 ほんの数秒の隙。それでいい。


 私は走った。

 廊下を抜ける。


 礼拝堂へ飛び込む。

 高い天井。並ぶ長椅子。

 ステンドグラスの光が歪んで見える。


 心臓がうるさい……。


 とにかく、出口だ。


 正面の大扉へ一直線。

 押し開ける。

 冷たい外気が頬を打つ。


 外へ飛び出して――


 足が止まった。

 階段の下。

 広場。


 ローブを羽織った信者たちが、ずらりと並んでいる。

 静かに。整然と。

 誰も騒がない。ただ、私を見ている。


 その数、十人以上。


 しかも、全員が静かすぎる。

 怒号も、罵声もない。


 まるで、儀式の一部みたいに。


 逃げる対象を見る目じゃない。


 ――回収する対象を見る目だ。


 逃げ道は、ない。


「ダメか……」


 背後から足音。


 振り向くと、アーロンが立っていた。

 槍の女と盾の男もいる。


 アーロンはゆっくりと階段を下りてくる。

 倒されたはずなのに、表情は崩れていない。


「ヤヤコさん」


 静かな声。


「あなたはやはり、特異です」


 信者たちが一歩、前へ出る。

 包囲が狭まる。


 ……無理だ。


 こいつらは、一人一人が五層を突破できるだけの実力を持った探索者だ。

 連携すれば、ドラゴンさえも葬る連中。


 さすがに、相手に出来るわけがない。


 勝ち目はない。そう判断するしかなかった。


 私はハンマーを消した。


 両手をゆっくり上げる。


「……わかったよ」


 息を吐く。


「大人しくする」


 何人かが近づいてきて、私の腕を取る。


 拘束具の冷たい感触が手首に触れる。


 きつく締まる。


 アーロンが目の前に立つ。


「ご理解いただけて、安心しました」


 穏やかな声。

 けれど、その奥は硬い。


「これはあなたのためです」


 私は彼を見上げる。


「それ、本気で言ってんの?」


 一瞬だけ。

 本当に一瞬だけ、彼の視線が揺れた。


 でも、すぐに微笑みが戻る。


「ええ。もちろんです」


 ローブの波が道を作る。

 私はその中を連れて行かれる。


 礼拝堂の扉が、重く閉じる。


 空は、やけに青かった。


 ――こうして私は、静かに「保護」されることになった。

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