第81話 アリサ問答
私は配信カメラを肩に乗せたまま、長椅子に腰掛ける。
向かいにはアーロン。
教団幹部。
穏やかな顔をしているけど、その目はやっぱりどこか遠い。
「ヤヤコさん」
柔らかい声。
「少し、込み入った話をしたいのですが……」
私は首をかしげる。
「配信を、止めていただけますか?」
コメント欄がざわつく。
<コメント>
・え?
・内緒話?
・不穏
・ヤバくね?
・大丈夫か
・配信切れとかヤバい
・おいおい
私は少しだけ考えて、それから頷いた。
「……わかった。じゃあ一旦切るね」
カメラに向かって手を振る。
「またあとで」
<コメント>
・うわあああ
・マジか
・なに話すんだよ
配信終了。
静寂。
急に世界が閉じた感じがする。
私はアーロンを見る。
「で?」
彼は一度、部屋の壁に飾ってある風景画に視線をやった。
「あなたには、理解してほしい」
「何を?」
「我々の立場を」
ゆっくりとした呼吸。
「あなたは、アリサさんと戦った」
名前が出た瞬間、胸が少しだけざわつく。
「うん」
「彼女をどう見ましたか?」
私は答えかけて、少し迷う。
強かった。
危うかった。
まっすぐで。
……孤独だった。
「一人の、人間だよ」
私が言うと、アーロンはほんの少しだけ目を細めた。
「やはり」
やはり?
「我々は違う見方をしている」
彼は指を組んだ。
「『アリサ』は個人ではない」
私は眉をひそめる。
「どういう意味?」
「彼女は『現象』です」
空気が、ほんの少し冷えた気がした。
「ダンジョンが生み出した兆し。魔素と人類進化の接点」
「……進化?」
「ダンジョンは、災厄ではない」
はっきりと言い切る。
「いわば再構築装置です」
再構築……?
なにを言っているんだこいつは。
「人類は停滞していた。ダンジョンは試練を与えた。すると、適応した者たちが現れた」
「探索者のこと?」
「そうです。……そして、もっとも適応したのが、彼女です」
「……それが、アリサだって?」
「ええ」
迷いなく頷く。
「彼女は拒まなかった。適応した。ダンジョンを受け入れ、映し出した。だからこそ――聖者なのです」
私は何も言わない。
アーロンは続ける。
「聖者とは、救われる存在ではない」
「……つまり?」
「救う側です」
静かな声で言う。
「孤独であることも、誤解されることも、必要な代償」
私はだんだん、胸の奥がざわつきはじめる。
「たとえ被害が出ても?」
「変革には痛みが伴う」
即答だった。
「旧世界が拒むから衝突が起きる。それもまた、淘汰の過程です」
淘汰。
その言葉が、やけに引っかかる。
「あなたは、彼女をただ『アリサ』と呼ぶ」
アーロンの視線が、私を射抜く。
「だがそれは、彼女を矮小化している」
「矮小化?」
「聖者を、個人の感情に引き戻す」
私はゆっくり息を吐いた。
違和感が、形を持ちはじめる。
「アリサは悩んでたよ」
ぽつりと言う。
「迷ったり。怖がったりもしてた」
アーロンは首を横に振る。
「未熟な観測です」
「……私、アイツの配信動画、全部見たんだけど?」
少しだけ、イラっとする。
「確かに、彼女は揺らぎを内包している。しかしそれもまた、象徴性の一部」
私の声が少しだけ低くなる。
「結局は、人間でしょ」
「重要なのは、象徴です」
かぶせるように。
「聖者は理解されなくていい……。彼女は我々の希望そのもの」
「希望って」
私は笑いそうになる。
「本人の意志は?」
「些事です」
その一言で、何かが決定的にズレた。
私は立ち上がる。
「それって、利用してるだけじゃないの」
アーロンの目が、初めてわずかに揺れた。
「誤解です」
「誤解じゃない」
私は一歩近づく。
「アンタたちは『アリサ』を見てない。『聖者』を見てる」
沈黙。
空気が重くなる。
「あなたは危険だ」
アーロンが静かに言う。
「……はあ?」
「その思想は、聖者を貶める」
貶める。
何て大げさな物言いだろう。
「私は事実を言ってるだけ」
「事実は、解釈で形を変える」
冷たい声。
「あなたの証言は、神話を壊す」
その言葉で、やっと理解する。
ああ、そういうことか。
私は――
邪魔なんだ。
聖者を『一人の女』に戻せる存在だから。
「あなたには、理解してもらえると思っていた」
アーロンが立ち上がる。
背後の扉の向こうで、足音がした気がした。
「だが、あなたは拒んだ」
部屋の空気が、わずかに張り詰める。
「ヤヤコさん」
その声は、もう柔らかくなかった。
「あなたを、保護する必要がある」
保護。
その言葉の意味を、私は理解していた。
胸の奥が、ゆっくりと冷えていく。
それでも私は、目を逸らさなかった。
「アリサは、道具じゃない」
静かな一室に、私の声だけが響く。




