第80話 教祖
アーロンに案内され、私は教会の奥へと進んだ。
長い廊下。
足音が、石床に乾いた音を立てる。
壁には簡素な燭台が等間隔に並び、淡い光を放っていた。装飾はほとんどない。
「こちらです」
通されたのは、小さな一室だった。
木製の机と椅子がいくつか置かれているだけの、簡素な部屋。
窓はない。
外の喧騒も、川の音も、ここまでは届かない。
<コメント>
・密室!?
・帰れヤヤコ
・これ絶対なんかある
・配信切れてないよな?
・おい大丈夫かこれ
「少しお待ちください」
アーロンはそう言って、部屋の隅に立ったまま黙る。
妙な静けさ。
……なんか、落ち着かない。
やがて。
コン、コン、と軽いノック。
扉が静かに開いた。
入ってきたのは――赤いローブを被った、小柄な人物だった。
足取りは軽い。
背は、私より低い。
華奢な体つき。
<コメント>
・えっ?
・小さっ
・子供?
・え、これ教祖?
・小さくない?
その人物は、ゆっくりと部屋の中央まで歩いてくる。
顔はフードに隠れている。
影が濃く、目元すらはっきりしない。
でも……
「私がここの代表よ。よろしくね、ヤヤコさん」
高い声だった。
まだ幼さの残る、少女の声。
中学生くらいだろうか?
私は思わず、目を瞬かせる。
「……教祖って、アンタ?」
「ええ」
赤いローブの少女は、くすりと笑った。
フードは外さない。
顔は見せない。
ただ、そこに立っている。
<コメント>
・若すぎない?
・声かわいい
・ラスボス感ゼロ
・逆に怖い
・声かわいいのに内容が怖そう
「さて、単刀直入に言うわね。ヤヤコさん」
「え、いきなり何?」
教祖の少女は、ハキハキとした調子で言う。
「あなたには、私たちのメッセンジャーになってほしいと思っているの」
「……は?」
予想外の言葉だった。
「メッセンジャー?」
「ええ。私たちの言葉を、外へ届ける人」
外。
つまり、地上の世界。
「私たち教団はね、アリサさんを聖者として迎えたいと考えているの」
その名前に、私は反射的に息を止めた。
<コメント>
・出た
・アリサ!?
・やっぱ絡むか
・聖者ってなんだよ
・どういうこと???
「聖者って……どういう意味?」
「そのままの意味よ。選ばれし存在。導く者」
少女の声は、あくまで穏やかだった。
「彼女は特別。私たちはそう考えているの」
胸の奥が、ざわつく。
アリサ。
私が直接戦った相手。
あの圧倒的な影響力。
「そして」
少女は、ゆっくりと続ける。
「あなたは、アリサさんと直接対峙した数少ない存在」
「……」
「だからこそ、あなたにお願いしたいの。メッセンジャーになって、私たちの思想を伝えてほしい」
<コメント>
・ヤヤコ勧誘きた
・宗教勧誘やん
・絶対断れ
・これ炎上案件
・何をさせられるんだ……
頭が、追いつかない。
聖者?
思想?
メッセンジャー?
「ちょ、ちょっと待って」
私は思わず手を上げた。
「なんで私がそんなこと……」
「影響力があるからよ」
即答だった。
「あなたの言葉は、多くの人に届く。だからこそ、価値があるの」
配信者。
有名。
影響力。
全部、分かってて言っている。
この子は。
<コメント>
・利用する気満々
・こわ
・完全に計算してる
・子供じゃないなこれ
・ええ……大丈夫なの?
私は、言葉を探す。
でも、うまく出てこない。
状況が、急展開すぎる。
少女は、小さく息を吐いた。
「今日は挨拶だけにしておくわ」
「え?」
「ごめんなさい、もう次の用事があるの。また話しましょう、ヤヤコさん」
それだけ言うと、赤いローブはくるりと背を向けた。
軽い足音。
扉が閉まる。
部屋に、静寂が戻る。
<コメント>
・逃げた?
・情報だけ投げて帰った
・不気味すぎる
・絶対何か隠してる
・なんだったんだ
残されたのは、私とアーロン。
私はゆっくりと振り返る。
「……どういうことなの?」
問いかける。
アーロンは、いつもの柔らかな笑みを浮かべたまま、答えなかった。
ただ、静かに言う。
「詳しくは、私からご説明しますよ」
その笑顔が。
さっきより、少しだけ深く見えた。




