第79話 教会
私たちは森の中を進んでいた。
六層は、草原だけではなかった。少し奥へ入ると、背の高い木々が密集するエリアに変わる。
枝葉の間から、淡い緑光がこぼれている。発光する苔が幹や岩にびっしりと張りつき、昼のような明るさを保っていた。
足元には、見たことのない植物が群生している。
透明な葉脈が浮かび上がるもの、わずかに青く瞬く花弁を持つもの。
「……ここ、本当にダンジョンなんだよね」
<コメント>
・異世界すぎる
・もう観光番組じゃん
・六層だけ雰囲気違いすぎ
・魔素濃そう
・普通に住めそうなんだが
さらさら、と水音が聞こえた。
少し進むと、川が流れている。
地下水だろうか。澄んだ水が、岩を削りながらゆるやかに流れている。
水面にも、発光する苔が漂っていた。
「この水を利用しているんです」
アーロンが穏やかに言う。
「農作や発電用に。六層は思いのほか豊かな場所ですよ」
「……へえ」
確かに、魔物さえいなければ、どこか平和な土地に見える。
そのときだった。
木々の上から、ばさり、と重たい羽音。
「っ!」
巨大な虫型の魔物が一体、横から突進してきた。
硬質な外殻。鎌のような前脚。人の胴ほどもある頭部。
<コメント>
・きた!
・やっぱ安全じゃない
・でっか
・虫型か
・戦闘!?
反射的にハンマーを構える。
だが――
前に出たのは、盾の男だった。
巨大な盾を地面に叩きつける。
ガンッ、と鈍い衝撃音。
虫の鎌が盾に弾かれる。
その隙に、槍の女が踏み込んだ。
空中を裂く鋭い一閃。
虫の外殻の隙間を正確に貫く。
魔物は短く震え、そのまま崩れ落ちた。
<コメント>
・強っ
・連携えぐ
・普通にプロ
・ヤヤコ出番なし!?
・手慣れてる!
……あっさり。
私はハンマーを構えたまま、少しだけ拍子抜けする。
「六層の魔物は大人しそうに見えますが……」
アーロンが、倒れた虫を見下ろしながら言う。
「今のように襲ってくるものもいます。穏やかそうでも、油断はできません」
「……そうだね」
私は短く答えた。
その言葉を、頭の中で反芻する。
――穏やかそうでも、油断はできません。
その通りだ。
にこやかな顔。丁寧な言葉遣い。
この男が、どこまで本音を見せているのかは分からない。
まったくもって、油断はできない。
そんなことを考えていると、やがて森は途切れ、視界が開けた。
小高い丘が現れる。
「あの先です」
丘を越える。
そして――
「……あれ?」
思わず足を止めた。
石造りの建物。
高く伸びる塔。
尖塔の先端には、十字にも似た意匠。
六層の光を浴びて、淡く浮かび上がっている。
<コメント>
・教会だ
・ガチじゃん
・ダンジョンの中だよなここ
・違和感やばい
・どうやって建てたんだよ……
丘の麓、川沿いには畑が広がっていた。
整然と並ぶ畝。
見慣れない作物。
ローブ姿の人々が、静かに土を耕している。
笑い声さえ聞こえた。
「……普通だ」
ダンジョンの中とは思えない光景。
<コメント>
・畑あるのか……
・マジで生活してる
・やばい組織じゃないのか?
・普通すぎて逆に怖い
・ダンジョンで暮らせるんだ
教会の中へ通される。
内装は質素だった。
石の床。
簡素な木製の長椅子。
装飾はほとんどない。
祭壇の奥には、深い影が落ちている。
「思ったより地味だね」
「我々は贅沢を好みませんので」
アーロンが微笑む。
「……さて、ヤヤコさん」
静かな声。
「実は、教祖様が……つまり我々の代表が、あなたにお会いしたいと」
「……教祖?」
コメント欄が一瞬で加速する。
<コメント>
・きた
・ラスボス?
・会うの!?
・絶対やばいだろ
・帰れヤヤコ
私は、ゆっくりと息を吸った。
六層。
その中心。
ダンジョン教団の頂点。
「……いいよ。会おうじゃん」
穏やかそうでも、油断ならない。
それは、きっと――
ここにいる全員に当てはまる。




