第77話 第六層
第五層の最奥。
壁面に刻まれた古い印の先、岩の裂け目のような細い通路が、下へと続いている。
――六層へ続くと言われている道。
私は、深く息を吐いた。
「……行きます」
配信は続いている。コメント欄も、いつもより流れが速い。
<コメント>
・ついにきたか
・本当に行くのか
・六層はやばいって噂あるぞ
・きたか……
・教団の話ってマジ?
・ヤヤコならいける
・死ぬなよ笑
私はハンマーを握り直し、細い通路へと足を踏み入れた。
道は想像以上に長かった。
下へ、下へ。
岩肌は湿り気を帯び、足場は悪い。視界は狭く、背後も前方も圧迫感がある。
いつ魔物が飛び出してきてもおかしくない。
私は常に気配を探り、呼吸を浅く保ち、足音を殺す。
だが――
何も来ない。
足音は自分のものだけ。
気配も、殺意も、魔素のうねりもない。
「……おかしい」
<コメント>
・静かすぎない?
・逆に怖い
・罠じゃないよな?
・本当にあってるの?
・魔物いなさすぎでしょ
私は警戒を解かないまま、進み続けた。
通路は長い。
とても長い。
まるで、地獄にでも繋がってるんじゃないかとさえ思った。
しかし、どれくらい歩いたころだろう。
ふと、前方の闇が、わずかに白む。
……光?
私は足を止め、目を凝らす。
確かに、先が明るい。
それも、魔石の微光ではない。もっと柔らかく、広がるような光。
<コメント>
・ようやくか……
・なんか光ってる
・ついに終わる?
・飽きてきた
・長かった
・明るいの見える
・出口か???
私はゆっくりと歩みを進める。
そして――
通路を抜けた。
視界が、一気に開ける。
「……え」
思わず声が漏れた。
そこは、想像を遥かに超える広大な空間だった。
天井は見えないほど高い。上空には白い霧がかかり、雲のようにゆらめいている。
足元から遠方まで、淡い光に満ちている。
魔石だけではない。
岩肌や地面には、発光する苔のような植物がびっしりと生えていた。
柔らかな緑光が、昼間のような明るさを生んでいる。
<コメント>
・え、明る!?
・うわすご
・ダンジョンだよなここ
・なんだここ!?
・六層ってこんな感じなのかよ
・普通に綺麗なんだが
・めっちゃ広いじゃん
さらに視線を巡らせる。
草原のように広がるエリア。
見たことのない魔物が歩いている。
角の長い鹿のような個体。
透明な羽を持つ虫型。
巨大な甲殻類のようなもの。
だが――
誰も、こちらに敵意を向けない。
こちらを一瞥し、またそれぞれの行動に戻る。
「……襲ってこない?」
<コメント>
・は?
・どういうこと?
・なにあの魔物
・バグってない?
・六層やばい
平穏。
そう言ってしまっていいのかわからないが。
ここは、五層までの殺意に満ちた空間とはまるで違う。
風のような空気の流れがあり、植物が揺れ、魔物が共存している。
私は、ほんのわずかに肩の力を抜いていた。
「……綺麗」
思わず、そう呟いてしまうほどに。
<コメント>
・ヤヤコが素直
・六層、観光地説
・ここで生活できそう
・なんか平和だな
・意外と安全?
コメント欄も、どこか浮ついている。
そのときだった。
――ギャアアアアアアアアッ!
空気を震わせる、甲高い咆哮。
上から響いてきた。
私は即座にハンマーを構え、上を見る。
霧に覆われた上空。
その中で、巨大な影がうごめいた。
<コメント>
・なになになに?
・鳴き声??
・聞いたことある
・待てこれ
・まさか
次の瞬間。
霧を突き破り、巨大な何かが落下してくる。
私の目の前に落ちる。
轟音。
地面が揺れる。
土煙が舞い上がる。
私は反射的に跳び退いた。
やがて煙が晴れ――
それは、そこに横たわっていた。
巨大な翼。
硬質な鱗。
折れた角。
「ドラゴン……!」
<コメント>
・やべえ
・うわああああああ
・またかよ!!
・マジでドラゴン
・六層いきなりボス!?
・終わった!?
・やっぱ六層やばい
でも……様子がおかしい。
私は慎重に近づく。
ハンマーを構えたまま、呼吸を止める。
ドラゴンは、動かない。
胸は上下しない。
瞳は濁り、光を失っている。
鱗の隙間から、黒い血が滲んでいた。
「……死んでる」
静まり返るコメント欄。
私はゆっくりと顔を上げる。
霧に覆われた上空。
あの高さから落ちてきた。
一体……何が?
<コメント>
・ヤバい
・倒したやつがいるってこと?
・誰かいるの!?
・ヤヤコ、上にいるぞ
・ドラゴンだぞ!?
・そんなことある!??
・あのドラゴンが…!?
霧の奥。
何かが、まだ動いているような気がした。




