第76話 次の予定は?
「おかげで作業に全然集中できなかったんだからね」
と、夕食中にモニカが言った。
同じ食卓を囲む私は、「悪い悪い」と謝った。
リザとドラゴンを相手にした三つ巴の戦闘は、モニカも配信で観ていたらしい。
原稿作業中に別画面に映していたそうだが、気が付けば配信の方から目が離せなくなっていたとのことだ。
「とにかく、生きて帰ってきてくれてよかったよ」
「心配かけて悪かったな」
「二人分用意した夕飯、無駄になるところだった」
「おい」
モニカはケラケラと笑って言ったが、けっこう心配してくれているようだ。
今さらになって、生きて帰って来れてよかったと実感が深まった。
「よく倒せたね。ドラゴンっていうの? あの大きな魔物」
「いや、倒せてないよ。頭に大きな一撃入れてやったけど、あの程度じゃ死なないだろうね」
「そんなに強いんだ」
「まあ、ドラゴンはボスみたいなもんだから……手練れの探索者でも、そう簡単にはいかないよ」
「へえ……」
「ドラゴンに食われた探索者も、けっこう珍しくない」
私は皿の上のから揚げを箸で掴み、口に運ぶ。
なかなかいい味付けだ。
「その一人にならなくてよかったね」
「まあね……この仕事、生き残ることが何より大事だから」
コップに入った水を飲み干す。
「……次の配信はどうするの?」
モニカが少し真剣そうな表情で言う。
「実は、第六層に行ってみようと思ってる」
「それって、ヤバい?」
「五層より危険らしいんだけど、そもそも情報が少ないんだよね」
「情報が少ないって、それが一番怖くない?」
モニカは眉をひそめる。
箸を持つ手が止まっているのが、少しだけ可笑しかった。
「まあね。でも、五層まではもうだいぶ見てきた。視聴者も、私も」
危険はある。
でも、未知が減っていくと、どうしてもその先が気になる。
「六層って、ほとんど配信ないんでしょ?」
「うん。あっても短い。途中で切れてるやつとか」
「……切れてる?」
モニカの目がわずかに揺れた。
「通信環境が悪いとか、機材トラブルとか、いろいろ理由はあるよ」
そう言いながら、私は視線を逸らす。
本当は、理由がそれだけじゃないことくらい、分かっている。
「無茶はしないでよ」
「してないつもり」
「その『つもり』が信用ならないんだけど」
私は笑ってごまかした。
モニカはため息をつきながらも、それ以上は何も言わなかった。
食後、皿を片付け、それぞれの部屋へ戻る。
ベッドに仰向けに倒れ込むと、体の奥に溜まっていた疲労が一気に広がった。
天井を見上げたまま、スマホを顔の上に掲げる。
――さて。
いつもの癖で、エゴサを始める。
検索ワードは自分の名前。
すぐに配信切り抜きや感想まとめが並ぶ。
そして、例の掲示板スレも。
part842。
「……ふうん」
スクロールしていく。
リザ強すぎ。
電ノコ狂気。
神回。
ヤヤコ上位勢。
思わず小さく鼻で笑う。
「上位勢、ね」
まだまだだよ。
本物の上位は、あんな泥臭い立ち回りしない。
指を滑らせる。
普通見捨てる。
なんで助けた?
甘い。
ポリシー宣言。
そこで少しだけ指が止まる。
「甘い、か」
甘いかもしれない。
でも、あそこで見捨てたら、私は私じゃなくなる。
さらに下へ。
アリサの名前が何度も出てくる。
死神。
後継者。
違う路線。
基準が見える。
「……勝手に比較しないでほしいな」
私はアリサじゃない。
アイツみたいにはなれないし、なるつもりもない。
でも。
六層。
教団。
削除ログ。
スクロールの先で、突然並ぶ「削除されました」の文字。
少しだけ、背中が冷える。
「六層で活動してる、ね」
都市伝説。
噂。
陰謀論。
そういう扱いのはずなのに、
妙に具体的だ。
探索者が急に消える。
通信が途中で切れる。
偶然で片付けられることばかりだ。
でも、偶然が重なりすぎている気もする。
スマホを胸の上に落とす。
天井が、やけに遠く見えた。
「……六層か」
何かある。
確信はない。
証拠もない。
でも、あそこは「空気が違う」気がしている。
危険だからじゃない。
魔物が強いからでもない。
もっと別の何か。
視線の先に、見えないものがいるような。
私は目を閉じる。
「まあ、確かめるしかないよね」
生き延びる。
それだけは、絶対だ。
――六層で、何が待っていようと。




