第71話 リザ
――リザ。
名前は知らなかったけど、その姿は見たことある。数日前、配信のサムネイルだけ見た。
赤く染まったチェーンソー。
返り血まみれの服。
――【アリサの戦いを再現してみた】
――【死線突破】
サムネイルに描かれていた文字を思い出す。
こいつも、アリサの模倣者の一人だろう。
煙になって消えかかっているゴーストの残骸を見る。
色んな意味で、相当な実力があるようだ……。
ゴーストを倒したのは、私を助けるためか?
でも、ゲンゾーの時みたいな友好的な雰囲気は、こいつからはまるで感じられない。
「ねえ」
リザが口を開いた。
「なに?」
「逃げ回ってたね、ゴーストから」
「……まあね」
「どうして?」
「どうしてって……敵わないと思ったから。生き残るための、選択」
――生き残るための、選択。
なんてことだ、無意識に、かつてアリサが言っていたのと同じ言葉を使ってしまった。
でも、スクールで特訓する前の私なら、こんなにも素直に弱さをさらけ出すことはなかっただろう。これは成長なのだろうか?
「ああ、逃げて正解だよ」
リザは、チェーンソーの血を軽く払った。
「あれ、数も多かったし」
何でもないことのように言う。
「ボクが通ったから、死んだだけ」
助けてくれた、という感じではなさそうだ。
たまたま通りがかったところで、ゴーストに出くわした。だから倒した。そんな感じの口ぶり。
<コメント>
・なんか怖い
・こいつヤバくね?
・助けてくれた……わけじゃない?
・普通にゴースト倒してんのえぐい
・ヤヤコどうすんの
「キミは、止まれるんだね」
リザは、私の足元を見る。
「その判断、嫌いじゃないよ」
一拍置いて、続ける。
「ボクが尊敬してる人は、止まらなかったけど」
リザは天を見上げながら言った。
「アリサのこと?」
「そう! アリサ!」
アリサの名を出すと、リザは目を輝かせた。
「狂気の深層配信者。伝説の死亡配信者……そして、死神アリサ!」
「……」
「彼女は凄いよ。本当に凄い!」
まるで舞台の上で演説するかのような言い方だった。
「アイツはもういないけどね。代わりに、アンタみたいな模倣者がたくさん湧いて出てる」
「……ああ、それだよ、それ。ボクは残念ながら、まだ模倣者止まりなんだ」
「……模倣者止まり?」
思わず、聞き返していた。
「うん。まだ、ね」
リザは軽く肩をすくめた。
「だって、後継者は一人でしょ?」
「……は?」
「アリサの後継者だよ」
当然のことを確認するような口調だった。
「そんなの、最初から決まってる。一人だけ。唯一無二。複数なんて、ありえない」
リザの視線が、ゆっくりと私に向く。
「でもさ……最近、言われてるんだよね」
にやり、と口元が歪む。
「ヤヤコ、キミが後継者なんじゃないかって」
心臓が、嫌な音を立てた。
「……誰がそんな」
「視聴者。まとめサイト。配信者仲間。運営」
指折り数える。
「ほら、いっぱい」
空気が、冷たくなる。
「止まれるのに、深層に潜る。死なないのに、怖さを映す。それで、数字も取ってる」
一つ一つ、突き刺すように言葉を重ねる。
「……最悪だよ」
リザは吐き捨てるように言った。
「アリサはね、止まらなかった」
「怖がらなかった」
「生き延びようなんて、考えなかった」
チェーンソーの刃を、愛おしそうに撫でる。
<コメント>
・なんか語ってるぞ
・どうしたのこの人……
・ちょっと頭がアレな感じ?
・アリサ崇拝しすぎだろ
・歪んだ崇拝って感じ
「死を恐れない」
「死を選べる」
「死に、踏み込める」
その目が、狂ったように輝いた。
「それが、後継者の条件だ」
私は、はっきりと言った。
「……私は、後継者になるつもりなんてない。アリサの代わりになる気もない」
一瞬。
リザの表情が、すっと冷えた。
「関係ないよ」
静かな声。
「キミになる気があるかどうかは」
「……」
「問題は、キミががそう『見られてる』ってこと」
一歩、距離を詰められる。
「キミが生きてる限り……後継者候補は、二人になる」
チェーンソーを、しっかりと構える。
「だから――」
リザは、真っ直ぐに私を見据えた。
「キミを殺す。それで、ボクが一人になる」
<コメント>
・!?
・えやば
・どういう論理
・やべえぞこいつ
・戦うの!?
・おおおお!?
・撮れ高だな笑
声に迷いはなかった。
「死を恐れないボクこそが……アリサの後継者に、ふさわしい!」
次の瞬間。
リザは、無言でスターターを引いた。
――――ブゥゥゥン!!
空気を切り裂くような爆音とともに、チェーンソーのエンジンが唸りを上げた。
深層の闇に、その音が響き渡る。
――殺し合いの、合図だった。




