第69話 静かな違和感
家に戻ると、身体の奥に残っていた緊張が、ようやくほどけた。
「……疲れた」
ベッドに倒れ込みたい気持ちを抑えて、私は端末を手に取る。
特訓が一区切りついた夜ほど、これを見てしまう。
掲示板。
スクロールすると、相変わらず私の名前が並んでいた。
『最近のヤヤコ、動き変わったよな』
『被弾しないのが一番怖い』
『派手さないのに安定感ある』
『深層向けの戦い方してる』
『アリサとは全然違う方向だけど、これはこれで』
「……また比較」
画面を指で弾く。
慣れてきたつもりでも、完全には無視できない。
さらにスクロールする。
『最近、過激な配信者増えてね?』
『死にかけ芸みたいなの』
『チェーンソー振り回してるやつ見た?』
『あれ絶対そのうち死ぬだろ』
指が止まった。
『本人は死ぬ気ゼロらしいぞ』
『アリサ信者って自称してる』
『“アリサならこうした”って叫びながら突っ込んでた』
胸の奥が、わずかにざわつく。
「……また模倣者でしょ」
そう言いながらも、画面を閉じる気になれなかった。
「ヤヤコ?」
キッチンの方から声。
「何ぼーっとしてるの?」
振り返ると、モニカがスマホ片手に立っていた。
「エゴサ」
「やっぱり」
苦笑しながら、冷蔵庫を閉める。
「最近さ、ダンジョン配信の動画、よく見てるんだよね」
「え、そうなの?」
「作業用にちょうどよくて」
少し意外だった。
「どう?」
「派手なの、多い。ほんとに」
モニカは肩をすくめる。
「死にそうになるのを売りにしてる人とか」
「……ああ」
「最近のヤヤコとは真逆、だよね」
私は小さく息を吐く。
「別に、狙って逆にしてるわけじゃないけど」
「分かってる。でも――」
モニカは、少し真面目な表情になる。
「そういう配信、伸びやすいのも事実」
「……」
「ヤヤコが目立ってきた分、余計に出てくると思う」
嫌な予感が、言葉にならずに残った。
「掲示板でもさ」
「うん」
「『アリサを継ぐ』とか、『アリサのやり方を再現する』とか、言ってる人いた」
私は眉をひそめる。
「危ないよね」
「かなり」
私は即答した。
「アリサがやってたから正しい、って思考――アリサ本人が一番嫌がりそう」
皮肉にも、「アリサならこう考える」という考え方をしてしまった。
「ヤヤコはさ」
「何」
「アリサにならなくていいと思う」
何気ない言い方。
でも、ちゃんと私を見て言っている。
「生きてるし」
「……うん」
「無茶しないし」
一拍置いて、付け足す。
「たぶん、それが一番強い」
スマホが、小さく振動した。
新しいおすすめ動画の通知。
サムネイルが派手だった。
血糊まみれの服。
回転するチェーンソー。
大きな文字で踊る煽り文句。
【アリサの戦いを再現してみた】
【死線突破】
「……」
私は、無言で画面を伏せた。
「ヤヤコ?」
「……何でもない」
でも、胸の奥に残る違和感は消えなかった。
特訓は終わった。
準備も、整いつつある。
それでも――
同じダンジョンを、全く違う覚悟で潜ろうとしている誰かがいる。
派手で、過激で、死を恐れない。
それが、いつか交差する気がしてならなかった。




