第67話 ヤヤコの特訓①
翌日、私はダンジョン第二層の一角に足を運んだ。
ここには、探索者がスキルを磨くためのスクールがある。
受付前の通路には、既に何人かの探索者がいた。
装備を外してストレッチしている者、黙って壁に寄りかかっている者。
全体的に、口数が少ない。
配信向けの軽さはない。
ここは「見せる場所」じゃなく、「磨く場所」だ。
アリサも通っていた、あのスクール。
アリサが、どんな顔でここに立っていたのか。
正直、想像できない。
前に出る女だった。止まる場所じゃない。
それでも、ここに来ていた。
その事実が、少しだけ重かった。
受講生として登録すると、担当のトレーナーが一人付いた。
筋肉質な男性トレーナーだった。
「アンタは……!」
皮肉にも、アリサが特訓していた時のトレーナーと同じ人物だった。
「君が新しい受講生か。私のことを知っているのか?」
「アリサを特訓してた人、でしょ?」
「……その通りだ」
アリサの名前を出した途端。トレーナーの表情が少し暗くなった。
「彼女の結末は私も後から知った。残念でならない……だが」
トレーナーは、そこで言葉を切った。
私をじっと見据える。
「君は、彼女とは違う」
「比較されるのは慣れてるよ」
「比較はしない。私はただ、『止める役』だ」
止める、という言葉が引っかかった。
探索者の世界で、それはあまり褒め言葉じゃない。
前に出る者を、止める。
つまり――一番嫌われやすい役割だ。
「……止める?」
「君の戦い方は、動画で見たことがある」
「そうなんだ。なら、話が早いね」
「あれは、長くはもたないぞ」
「……正直、自覚はある」
「だからこそ、私の仕事がある」
そう言って、彼は私の右肩に目を向けた。
「まだ完全じゃないな」
「動く分には問題ないよ」
「問題は、『動けるから動く』ところだ」
ぐうの音も出ない。
「今日は、計測だ」
「え?」
「まず測る。君がどこで死ぬかを」
「死にたくないんだけど」
物騒な言い方だが、声は淡々としていた。
第二層の模擬区画。
実戦用に調整された魔物が配置されている場所だ。
「制限時間は三十分」
「長いね」
「だからこそだ」
トレーナーは端末を操作しながら続ける。
「条件は単純だ。魔物を倒さなくていい」
「……?」
「魔素を三割以上残したまま、生き残れ」
思わず眉をひそめた。
「倒さなくていいの?」
「むしろ倒すな」
彼は、はっきり言った。
「戦闘イコール前進、という癖を切る」
「……配信者向きじゃない」
「だからだ」
開始の合図。
魔物が、三方向から現れる。
数は少ない。倒そうと思えば、すぐだ。
でも――
私は、一歩、止まった。
魔素残量。
退路。
時間。
今まで、あまり考えなかったこと。
「行ける、けど……行かない」
倒すなら、今だ。
そう思った瞬間、アリサの名前が頭をよぎった。
――前に出るな。
――戻れ。
珍しく、そんな声が自分の中から聞こえた。
足を引く。
距離を取る。
最低限の牽制だけ入れる。
「そうだ」
背後で、トレーナーの声。
「それでいい」
三十分後。
私は、魔物をほとんど倒さないまま、区画を出た。
汗はかいているが、息は切れていない。
達成感は、ない。
勝った感じもしない。
ただ、「終わった」という感覚だけが残っていた。
「つまらない顔だな」
「……うん」
正直に答えた。
「これ、配信したら炎上するかも」
「だが、生き延びた」
「……それは、そう」
トレーナーは、腕を組む。
「アリサはな」
「……」
「止まらなかった。止められなかった」
一瞬だけ、声が低くなる。
「私は、止めるべきだった」
沈黙。
その言葉は、後悔というより、
事実を確認するような響きだった。
「君は違う」
「何が?」
「止まれる」
彼は、私をまっすぐ見た。
「それは、才能だ」
「……才能って、そういうの?」
少し笑ってしまった。
「英雄譚にはならない。なる必要はない」
きっぱりと言った。
「君は、帰ってくる探索者になれ」
胸の奥が、少しだけ軽くなった。
アリサと同じ場所。
同じトレーナー。
でも――
「……私は、私のやり方で行く」
そう呟くと、トレーナーは小さく頷いた。
「それでいい」
特訓は、まだ始まったばかりだ。




