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その配信は【閲覧注意】~ダンジョン死亡配信録~  作者: にとはるいち
第二部

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第66話 帰宅後

 玄関のドアを閉めた瞬間、張りつめていたものが、すっと抜けた。


「……はあ」


 靴を脱ぎ捨て、壁に背中を預ける。

 右肩が、遅れて痛みを主張してきた。


「生きて帰っただけ、マシか」


 そう独り言を言ってから、装備を床に置く。


「おかえり」


 キッチンの方から声がする。


「……ただいま」

「またボロボロじゃん」


 振り返ると、モニカがマグカップを片手に立っていた。

 視線は、私の肩、腕、脚……一瞬で状態を把握している。


「配信、少し見てたよ」

「そうなの?」

「死にそうになってた……」


 モニカが厳しい表情で言った。


「でも、死ななかったでしょ」

「はあ……そうだね」


 モニカは下を向いている。

 マズい、さすがに心配かけすぎたか……


「……湿布、いる?」

「あとで」

「どうせ忘れるでしょ」


 そう言いながら、棚から湿布を取り出す。

 手慣れすぎていて、少しだけ苦笑した。


 シャワーを浴びて、部屋に戻る。

 湿布を貼って、ベッドに腰を下ろし、スマホを開いた。


「……あ」


 エゴサをしていたら、掲示板が目に入った。

 私が、話題になっている。

 ゲンゾーとの一件について、あれこれ書き込みがあった。


 スクロールする。知ってる言葉ばかりが、流れていく。


 「勝ち」「覚悟」「後継者」


 ――「アリサ継ぐの、ヤヤコなんじゃね?」


 その書き込みで、指が止まった。


 いまだに分からない。私はアリサを目指しているのだろうか?


 正直、アリサと同じ崖に立たされているという自覚は、ある。

 さらにその先へ進みたいという欲求が、無いわけではない。

 だけど、進めば破滅が待っているかもしれない。

 

 危険な誘惑。


 視聴者に踊らされて、引き返せないところまで潜ってしまうのだろうか。


 深く潜れば潜るほど、視聴者は喜ぶ。

 同接も、コメントも、登録者も、増える。


 数字の増加は、配信者として抗いがたい魅力だ。


 でも―― 


「引き返せるのかな……」

「何が?」


 いつの間にか、モニカが覗き込んでいた。


「おい、急に覗くな」

「さっきからいたのに……何見てるの?」

「えっと……掲示板」

「エゴサ?」

「まあ、そんな感じ」

「で?」

「で、って?」

「勝ったの? 別の配信者と対峙してたじゃん」


 即答できなかった。


「……分かんない」

「は?」


 モニカは、はっきり眉をひそめる。


「死ななかったんでしょ?」

「まあ」

「相手は?」

「なんか、負けたって言ってた」


 モニカは腕を組んだ。


「じゃあ勝ちじゃん」

「そういう話じゃなくて」


 言いかけて、止める。

 どう説明していいか、分からなかった。


「……私が勝ったってことに、されてる」

「配信見た人がそう思ったんなら、そうなんでしょ」


 モニカはあっさり言う。一理ある。


「でもさ」


 端末を指で叩く。


「私、『アリサの後継者』とか言われてるんだよね」

「うわ」


 即座に、嫌そうな声。


「それ、重たいやつじゃん」

「でしょ」


 少しだけ、救われた気がした。


「嬉しくないの?」

「全然」


 即答だった。


「誰かの代わりになる気、ないし」

「だよね」


 モニカはソファに座り、カップを口に運ぶ。


「アリサって人、そんな簡単に継げるなら、とっくに誰かやってるでしょ」

「……まあ」

「それに――」


 一呼吸おいて、続ける。


「ヤヤコはヤヤコじゃん」

「……」


 何でもない言い方。

 でも、胸の奥に引っかかった。


「でもさ」


 私は端末を見つめたまま言う。


「次、もっとヤバいの来る気がする」

「気がする、じゃなくて来るでしょ」


 モニカは即答した。


「今回ので、完全に目つけられたんじゃないの?」

「……かもしれない」

「その状態で、また同じ戦い方するの?」

「……」


 答えられなかった。


 ゴブリンの群れ。

 魔素切れ。

 最後の一撃。


 全部、運が良かっただけだ。


「ね」


 モニカは、少しだけ声を柔らかくする。


「後継者とかどうでもいいけどさ」

「うん」

「生きて帰ってきてよ」


 その言葉が、一番刺さった。


「……分かってる」


 私は、ゆっくり息を吐く。


「だから」

「だから?」

「ちゃんと、強くなる」


 口に出して、ようやく実感が湧いた。


「覚悟とかじゃなくて」

「うん」

「技術と、体力と、判断」


 端末を閉じる。


「次は、運に頼りたくない」

「それが普通だと思うよ」


 モニカは肩をすくめた。


「やっと探索者っぽいこと言ったじゃん」

「うるさい」


 少しだけ、笑えた。


 後継者になる気はない。

 誰かの代わりになるつもりもない。


 でも――


「負けたままは、嫌だ」


 それだけは、本当だった。


 きっと、もっと厄介なことが待ち構えてる。

 だからこそ、準備が必要だ。


 静かな部屋で、次の一歩を考え始めていた。


「そういえばさ」


 モニカの方を見て言う。


「そっちはどうだったの?」

「何が?」

「漫画。また持ち込みしたんでしょ?」

「えっと……」


 モニカは渋い顔で沈黙した。

 結果は明らかだった。


「ふーん……。今回は何て言われたの?」

「キャラクターが薄っぺらいって」

「キャラ作りって、そんなに難しいんだ」

「苦手意識があるわけじゃないけど……なんか、『もっと人間に興味を持て』って言われたよ」


 悩ましい顔で腕を組むモニカ。


 ――人間に興味を持て、か。

 それなら私は、持ちすぎてるくらいだ。


「ふーん……それはそうかもね」

「私ってそんなに人に興味ないように見える?」

「見える。まあでも、私はそれが居心地いいんだけど」

「それはよかった」

「何も解決してないじゃん」

「まあ、どうにかするよ。ヤヤコが努力するなら、私も努力する」


 そう言ってモニカはマグカップの中身を飲み干した。


「じゃあ私は作業に戻るから」

「わかった」


 モニカがいなくなり、部屋が静かになる。


 私はベッドに横になった。

 疲れが、どっと溢れてくる。


「努力、か……」


 今まで、全部独学でやってきた。探索者としても、配信者としても。

 だからこそたどり着けた場所、というのもあるかもしれないけど、限界だってあるんだろう。


 例えばあのとき、ゲンゾーが私を助けたりしなかったら?

 あるいは、もっと強力な魔物や、敵対的な探索者と出会ったら?


「強く、ならなきゃ……」


 押し寄せる眠気の中で、私は小さく呟いた。

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