第57話 充電期間
私の名前はヤヤコ。
本名は違うけど、ヤヤコって名前でずっと活動してるし、周りにもそう呼ばせてるから、とにかくヤヤコだ。
私の活動ってのは、ダンジョン配信。
主に新宿ダンジョンで活動してたんだけど、最近は休んでる。
なぜかというと、右肩の傷がまだ治り切ってないからだ。
……いや、そんなのは言い訳だ。もうほとんど活動に支障はないくらいには治ってる。
本音を言えば、どうしても配信を再開する気になれないだけだ。
だって、「あんなもの」を見てしまった以上、配信者としてのプライドはズタボロになるしかなかった。
それで、今後どういう風にやっていけばいいのか、自信が無くなってしまったのだ。
「あんなもの」というのは、とあるダンジョン配信者の、最後の配信映像だ。
巳継アリサ。
ダンジョンでの衝撃的な事件や事故を、躊躇なく映し続けて話題になった女。
そしてついには、自分の死ぬ姿さえ世界に向けて配信した女。
その最期は、ダンジョン配信界隈で、伝説になった。
私も、その伝説を見届けた一人だ。
狂気の深層配信者。
伝説の死亡配信者。
死神アリサ。
呼び方は色々ある。
でもあえて、私は「アリサ」とだけ呼ぶ。
私にとってのアリサの第一印象は、「大したことない奴」だった。
ダンジョンで配信中に、たまたま出会っただけだった。
でもあいつは、次第に化けていった。
探索者としての実力をつけて、深層に潜り、私が撮らないようにしてた「死」の瞬間さえ、容赦なくカメラに収めた。
先輩としてアドバイスしてやろうと実際に会ってみたら、予想以上に嫌な女だった。
平気で私のプライドを逆なでして、子ども扱いまでしてきた。
私は直感的に、こいつはいつか人を殺めてもおかしくないと思った。
こいつだけは放置しちゃいけないと思って、タイマンをしかけたけど、勝てなかった。
だからその後、人を雇ってあいつの配信活動を止めさせようとした。
狙い通り、アリサの活動は、それで終わった。
だけどそれが結果的に、伝説を作ってしまったんだ。
「はあ……」
ため息をつきながら、一人、部屋の中で動画編集ソフトを開く。
私は、しばらく前の自分の配信アーカイブを編集して、切り抜き動画を作成しようとしていた。
ダンジョンに潜る気力はないけど、完全に活動を止めるほど怠惰にもなり切れない。
その場しのぎの中途半端な状態に陥っている……。
そんな自己嫌悪に陥っていると――
「ねえヤヤコ、最近ずっと休んでるけど、まだ傷が痛むの?」
ルームメイトのモニカが部屋に入ってきた。
「おい、作業中はお互い部屋に入らないルールだろ」
「休んでるだけだと思って」
「見ての通り、動画編集中だよ」
「ああそうなんだ、ごめんごめん。で、怪我は治ったの?」
モニカは悪びれる様子もない。
「もうほとんど治ってるよ……」
「でもなんか、浮かない顔だね」
「……やる気が出ない」
「あのアリサって人の配信の件で、まだ悩んでるの?」
アリサの名前を出され、私は目をそらす。
「そうだよ……あんなの見せられたらさ、はっきり言って、思いっきり顔面殴られたような気分だよ」
「そんなすごい人なんだ」
「すごいっていうか、ヤバいっていうか……」
モニカは配信者でも探索者でもない。
漫画家を目指す普通のフリーターで、ダンジョンのこともあんまり詳しくない。
だから、アリサのことなんて私から聞いたこと以外なにも知らない。
「でもさ、あんまり休んでたら、ヤヤコの視聴者の人、離れていっちゃうんじゃない?」
「モニカには関係ないだろ」
「え~。全く関係なくはないよ」
「何が?」
「それでヤヤコの収入が減って、家賃が払えないとかになったら、私も困るじゃん」
「ああ、そう……」
モニカとルームシェアをして、もう三年くらい経つ。家賃は折半してる。
彼女は、ダンジョンのことなんてほとんど興味がない。
ていうか、一緒に暮らしてる私という存在に対しても、あんまり興味を持ってない気がする。
とにかく、そういう感じの性格だ。
でもだからこそ、私みたいなすぐカッとなるタイプの人間とも、上手く付き合っていられるのかも。
「そのうち活動再開するよ。今は……充電期間って感じ。ていうかさ、そっちの調子もどうなの? なんか出版社に持ち込みしたとか言ってたじゃん」
「あー、あれね……。だめだったよ」
モニカはあっけらかんと言った。
「なんか、絵のクオリティは悪くないみたいなんだけどね。もっとキャラクターに魅力が欲しいってさ」
「そっか……残念だったね」
「まあ、出版社は他にもあるし、少し手直しして他のところに持ち込んでみるよ」
「こういう言い方はアレだけど、なかなか結果が出ないのに、よく続けられるよね」
「もうダメ出しされるのにも慣れちゃったよ……あはは……」
「そ、そう……」
少しだけ、気まずい沈黙。
「ああ、そうそう。しばらくご飯準備するの私がやってたけど、傷治ったならヤヤコも作れる?」
「そうだね。最近任せっぱなしで悪かったな」
「まあそこはお互い様でしょ。私が修羅場の時は代わりに頼むよ」
「はいはい」
そう言って、モニカは自室に戻っていった。
ちなみに「モニカ」も本名ではない。ペンネームだ。
本名は……別になんでもいいだろそんなの。
「視聴者が離れる、か……」
モニカに言われた言葉を反芻する。
確かに、あんまり休んでいるとファンが減るかもしれない。
私はスマホを開いて、ダイレクトメッセージを確認してみた。
視聴者からのメッセージが、いくつも未読のまま溜まっていた。
一つ一つ内容を確認していく。
『ヤヤコさん活動辞めちゃったんですか?』
『活動再開してほしいです!!』
『早く配信見せて』
活動再開を望む、ファンからのメッセージ。
待ってくれる人がいるというのは、やっぱり嬉しい。
『アリサに負けて心折れた?笑』
ムカつくメッセージもある。
とはいえ、配信者なんてそういう活動だ。
いちいちイラついてたらキリがない……いややっぱムカつくわ、死ね。
でも、アンチの言う通り、このまま休み続けたら、完全に負けを認めたみたいになってしまう。それは嫌だ。
……そろそろ、活動を再開した方がいいかもしれない。
そんなことを考えていたら、気になるメッセージがあった。
『最近、アリサっぽい配信増えてますけど、どう思います?』
「……」
「アリサっぽい配信」という言葉が、目に留まる。
私は、動画サイトを開いた。
最近は、あまり見ないようにしていたダンジョン配信のタグ。
「……ん?」
おすすめ欄に、見慣れないサムネイルがいくつも並んでいる。
【深層5層・無言攻略】
【死を映す覚悟】
【死神系配信者】
胸の奥が、ひくつくような感覚。
「……は?」
動画を一つ、再生する。
映っていたのは、見覚えのある構図。
無言。
カメラワーク。
そして、わざとらしい「死」の演出。
下手だ。
技術も、判断も、覚悟も、全部が薄っぺらい。
コメント欄には、こんな言葉が並んでいた。
『第二のアリサ?』
『アリサっぽいw』
『本家いなくなったから代わりかな』
――違う。
こんなのは、違う。
私は、スマホを握りしめる。
「……ふざけんなよ」
その瞬間だった。
胸の奥で、ずっと眠っていた何かが、はっきりと目を覚ましたのは。




