第55話 エンドロールはあなたと共に
魔物の足音が、また近づいてくる。
重い。
引きずるような音。
さっきまでよりも、数が多い。
私は、壁にもたれながら座り込んだ。
もう、立ち上がるのは無理だった。
腹部の感覚が、薄れている。
痛みすら、遠い。
スマホを持つ手だけは、まだ動いた。
画面の中では、コメントが止まらない。
<コメント>
・まだ来てるの?
・後ろ!音してる!
・逃げろ!!
・もう無理だって
・なんでこんなになるまで……
・助かる方法ないの?
銃を構える。
弾は、もうほとんど残っていない。
一発一発が、最後だ。
引き金を引く。
魔物が倒れる。
また一体、倒れる。
けれど、視界の端が黒く滲む。
毒と出血が、確実に進んでいた。
膝が崩れる。
スマホが、床に落ちそうになる。
慌てて、胸に抱き寄せる。
「……大丈夫」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
そのとき。
視界の向こうに、再びルーシーの影が現れた。
血も汚れもない。
いつもの、少し困ったような笑顔。
「……見て、ルーシー。こんなにも視聴者がいる」
幻覚だと分かっている。
神経毒の副作用だ。
でも。
今は、それでよかった。
「そうだね」
ルーシーは、いつもの無邪気な笑顔だ。
「ねえ、アリサ」
彼女は、昔みたいな調子で言う。
「ちゃんと、撮れてる?」
「……うん」
私は、かすかに笑った。
「同接、すごい。コメントも、止まってない」
ルーシーは、満足そうに頷く。
「成功だね、アリサ」
成功。
その言葉が、胸に落ちる。
「ねえ、ルーシー」
私は、ゆっくりと息を吸った。
「私、間違ってたかな。あなたの真似、してただけだったかな」
ルーシーは、首を振る。
「違うよ。アリサは、アリサだよ」
あのとき。
彼女が死ぬ瞬間に言った言葉を、思い出す。
――撮って。
私は、ちゃんと守れただろうか。
「……私ね」
声が、少しだけ震えた。
「怖かった……。でも……嬉しかった」
深層に来て。
危険を選んで。
誰よりも、深く潜って。
ここまで来られた。
「ルーシーと、同じ場所まで来た気がする」
彼女は、少しだけ照れたように笑う。
「うん……やっと、隣だね」
「そうだね……ルーシー」
「頑張ったね、アリサ」
魔物の影が、もうすぐそこまで来ている。
銃は、空だ。
でも、もういい。
その前に、終わりが来る。
ダンジョンは、自由だ。
この窮屈な世界で、ダンジョンだけが自由だ。
だから、何も後悔なんてない。
私は、スマホを持ち上げる。
画面の向こうに、無数の視線がある。
<コメント>
・おいおい嘘だろ
・ルーシー……?
・アリサ……
・やめて
・まだ何かできる
・お願い
・最後まで見る
・目が離せない
・見届けるしかない
・ヤバすぎ
・お前に勝てる奴、いないよ
・これマジの映像??
・死なないで
………………
…………
……
ピコン、と配信アプリの通知が鳴った。
[通知]あなたのチャンネルの登録者数が1,000,000人を超えました。
こんな時に、百万人に到達するとは。
ルーシーに、自慢できるかな……。
意識が、薄れてきた。
体が、動かない。
呼吸が、浅くなる。
もう、限界、みたい。
でも。
配信は、続いてる。
最後の力を、振り絞る。
私は、口角を何とか上げて、笑顔を作った。
そして、ルーシーに向けて、視聴者に向けて、言ってやった。
「ねえ……バズるよ」
世界が、真っ暗になった。




