第54話 REC
「REC」の赤い点が、闇の中で灯った。
それだけで、世界が切り替わる。
私は、スマホを胸の前に掲げた。
画面の端が、わずかに歪んでいる。
手が、震えているのが分かる。
でも――映っている。
ちゃんと、撮れている。
「……こんばんは」
声は、思ったよりも落ち着いていた。
喉は乾いているのに、言葉は詰まらない。
「第五層です」
背景には、崩れた岩壁。
散らばる魔物の死骸。
自分の足元に、広がる血。
映像は、あまりにも分かりやすかった。
数秒のラグのあと、コメントが流れ始める。
<コメント>
・え?
・もどった!
・アリサ?
・急に配信きた
・生きてた?
・今どこ?
・画面やばくない?
・血、多くね?
・何があった
同接が、跳ね上がる。
通知が、連鎖する。
切り抜き勢。
常連。
炎上を追いかける人たち。
「……ドローンは壊れました」
私は、淡々と言う。
「今日は、スマホだけです……。手ブレ、すみません」
<コメント>
・ドローンないの珍し
・どうした?
・声、変じゃない?
・怪我してる?
・誰か襲ってきた?
私は、少しだけ画面を下げた。
腹部。
血で、服が濡れている。
止血は、もう意味をなしていない。
<コメント>
・え
・え?
・腹やば
・血量おかしい
・これガチじゃん
・救命呼べよ!
・死ぬでしょこれ
「救命部隊は、来ません」
言い切る。
「契約者じゃないので……」
これも全部、選んだ結果だ。
<コメント>
・は?
・なんでそんな冷静?
・いつもの事故現場?
・ヤヤコ戦の続き?
・また誰かにやられた?
私は、ほんの一瞬だけ考えた。
何を、どこまで話すか。
でも――もう、隠す理由もない。
「……殺し屋に、やられました」
コメントが、止まる。
次の瞬間、爆発した。
<コメント>
・は???
・殺し屋!?
・PvPの次それ?
・誰だよ
・マジで洒落にならん
・警察呼べ
・救命呼べって!!
画面が、赤い光で染まる。
RECの点が、やけに眩しい。
視界の端で、また少しだけ、世界が揺れた。
毒は、まだ効いている。
でも。
「……大丈夫です」
私は、そう言った。
それが、嘘だと分かっていても。
「まだ、撮れます。まだ……動けます」
立ち上がろうとして、失敗する。
膝が、笑う。
<コメント>
・無理すんな
・座って!
・救命来るまで待て!
・[スパチャ:¥30,000]死ぬな
・やめろ
・縁起でもないこと言うな
・ついに自分の死を配信か……
――死ぬな。
その言葉に、少しだけ笑ってしまった。
「……心配してくれて、ありがとうございます」
ちゃんと、感謝だった。
「でも」
私は、スマホをしっかりと持ち直す。
「これは、私が選んだ配信です」
血の匂い。
魔物の死骸。
深層の、重たい空気。
そして、視聴者。
「だから……最後まで、見てください」
同接が、さらに跳ね上がった。
誰も、離れない。
誰も、目を逸らさない。
世界中が、私の最期を見届けようとしている。そんな気がした。




