第49話 落下物
今日の配信も、いつも通りだった。
第五層。
通路は安定している。
魔物の湧きも、想定内。
私は、淡々と撃ち、淡々と進む。
<コメント>
・今日も深いな
・安定感ある
・最近事故らんね
・逆に怖い
・静かすぎる
正直、盛り上がりどころは少ない。
でも、数字は落ちない。
それが、今の私の配信だった。
かつては、これだけ静かな配信なら数字が落ちていた。
事故が起きない。血も出ない。悲鳴もない。
それでも、人は集まる。
深層にいるという事実そのものが、もう「コンテンツ」になってしまった。
私は、その中心に立っている。
次の角を曲がろうとした、その瞬間。
足が、わずかに止まった。
理由は分からない。
音も、振動も、警告もない。
ただ、「ここじゃない」という感覚だけが、先に来た。
そして――
――ズンッ。
空気が、変わった。
直感的に、上を見る。
次の瞬間。
――ドンッ!!
上から、大きな剣が降ってきた。
岩を砕き、床に突き刺さる。
衝撃で、視界が大きく揺れた。
そして――
バチン、と嫌な音。
ドローンの映像が、一瞬だけ乱れ、
そのまま、真っ暗になった。
<コメント>
・え?
・なに今の
・ドローン!?
・配信切れた?
・映像止まったぞ
……やられた。
私は、舌打ちを噛み殺す。
ドローンに直撃。
配信は、強制終了。
ダンジョンの中で、完全に、「一人」になった。
視聴者の視線が、消える。
普段なら、無意識に感じていたはずの重み。
背中を押してくれていた圧力。
それが、すっと抜けた。
静かすぎて、自分の呼吸音が、やけに大きく聞こえた。
静寂。
その中で。
――コツ。
――コツ、コツ。
足音が、上から聞こえてくる。
見上げると、岩棚の縁に、人影があった。
逆光。
顔は見えない。
ゆっくりと、その影が降りてくる。
道具も、固有スキルも使わない。
岩肌を滑り降りる、あまりにも慣れた動き。
着地音は、軽い。
軽すぎる。
装備を考えれば、もっと音がしていい。
それなのに、まるで訓練用のマットに降りたみたいだった。
――動き方を、知っている。
大剣を地面から引き抜き、肩に担ぐ。
ようやく、顔が見えた。
……知っている。
この顔。
記憶が、自然に繋がる。
救命部隊。あの時。
隊列の最後尾で、一度だけ、目が合った男。
何も言わず、何も映らず、それでも妙に印象に残っていた。
目が合ったのに、逸らさなかった。
救命部隊の中で、あの人だけが、私を邪魔者として見ていなかった。
「あなたは、救命部隊の……」
私は警戒しながら言う。
「なるほど、覚えていたか」
男が、淡々と言った。
感情のない声。
「記憶力がいいな。やっぱり君は、探索者向きだ」
私は、銃を構える。
「……救命部隊の人が、何の用ですか」
「今は違う」
男は、あっさり否定した。
大剣を床に立て、体重を預ける。
「言ってみれば、『副業』で来ている」
「……副業?」
その言葉が、やけに軽く聞こえた。
命を助ける仕事と、そうではない仕事を、同じ口で言える感覚。
嫌悪より先に、理解してしまった自分が、少し怖かった。
「個人的な恨みはない。救命部隊の活動を撮影したことについても、特に文句を言うつもりもない。……君とは仕事が違っただけだ」
「仕事が違う……」
その言葉を、頭の中で繰り返す。
ただ、仕事が違うだけ。
そういう割り切りこそ、プロフェッショナルに必要なものなのだろうか。
私はなんとなく、この男が誰に雇われたのか察しがついた。
「……ヤヤコ?」
男は、否定しなかった。
「ああ、雇われた。条件も、金も、悪くない」
淡々と言った。
本当に、「仕事として来ているにすぎない」という口ぶり。
「殺しに来たってこと?」
「状況次第」
男は言う。
「活動を引退すると誓うなら、何もしない。だが……抵抗するなら、全力でやる」
私は、少しだけ考えた。
ドローンは壊れた。今の戦いは、映らない。
誰も、見ていない。
だからこそ。
私は、銃を下げなかった。
「……戦います」
男は、少しだけ目を細めた。
「そうか」
それだけ。
大剣を、両手で握り直す。
「じゃあ、探索者同士だな」
私は、息を整える。
逃げる選択肢は、最初からなかった。
私は、ここに来た。
選んで、深層にいる。
――なら。
この危険も、
引き受けるしかない。
ここから先は、誰にも見せない戦いだ。
でも、だからこそ、誤魔化せない。
私は、引き金に指をかけた。




