表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その配信は【閲覧注意】~ダンジョン死亡配信録~  作者: にとはるいち
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/91

第40話 大人の対話

 指定された店は、大学から少し離れた場所にあった。

 ダンジョン配信者が集まりそうな、妙に薄暗いバーだ。


 店内には、低い音量で流れる音楽と、アルコールの匂い。

 カウンター席の端に、ヤヤコはもう座っていた。


 相変わらず小柄で、派手な服装。

 画面越しに見たときよりも、ずっと落ち着きがない。


「来たんだ」


 開口一番、それだった。


「はい」


 それ以上、言うこともない。

 私は、ヤヤコの向かいに腰を下ろす。


「何飲む?」

「水で」


「……は? 酒飲まないの?」

「今日は」


 ヤヤコは、少しだけ眉をひそめたあと、乱暴に手を振った。


「まあいいや。マスター、適当に二つ」


 勝手に決めるんだな、と思ったが、口には出さない。


 グラスが置かれる。

 ヤヤコは一口飲んで、すぐ本題に入った。


「最近、調子いいみたいじゃん」


 ヤヤコは、グラスを傾けながら言った。


「炎上込みで、だけど」

「配信は全部、込みですよ」

「……強気だね」


 鼻で笑う。


「でもさ、アンタのやり方、探索者を使い捨てにしてる」


 その言い方に、少し引っかかりを覚えた。


「使い捨て?」

「そう。死にかけの奴を撮って、数字に変えて、はい終わり。正直、胸糞悪い」

「意外ですね」

「何が?」

「探索者を心配するタイプだとは思いませんでした」


 ヤヤコは、不快そうに口を歪める。


「勘違いすんな。心配なんかしてない」

「じゃあ、何ですか」

「見下してるだけ」


 はっきり言い切った。


「探索者なんてさ、自分で死地に突っ込んでる連中だよ。命が安いって覚悟で潜ってる。だったら、撮られるのも込みでしょ」


 その言葉に、私は少しだけ考える。


「それは……違うと思います」

「は?」

「探索者は、命が安いんじゃない。『選んでる』だけです」

「同じでしょ」

「違います」


 私は、視線を逸らさずに言った。


「死ぬ可能性がある場所に行くこと。

 撮られること。

 危険に踏み込むこと。

 全部、自分で選んでる」


 ヤヤコは、眉をひそめる。


「選ばされてるだけじゃん。金とか、承認欲求とか」

「それも含めて、選択です」

「……甘い」

「否定はしません」


 私は、淡々と続ける。


「だから私は、撮るんです。彼らが『選んだ結果』を」

「……死ぬところまで?」

「そこも含めて」


 ヤヤコは、グラスを強く置いた。


「アンタ、頭おかしいよ」

「そうかもしれません」

「普通はさ」


 ヤヤコの声が、少し荒くなる。


「どっかで線を引く。『ここから先は撮らない』って決めるんだよ。死ぬところまで撮るなんてさ。普通、やらない」


 普通。

 その言葉に、少しだけ笑いそうになる。


「私は、あそこまではやらない」

「知ってます」

「……は?」


 ヤヤコの視線が、鋭くなる。


「線を引いてるんですよね。死までは撮らない」

「当たり前じゃん」


 即答だった。


「それ、大事なことだから」


 胸を張るような言い方。誇らしげですらある。


「それって」


 私は、少し考えてから言った。


「怖いだけじゃないですか?」


 空気が、止まった。


「……は?」

「死を撮る覚悟がない、って意味で」


 ヤヤコの顔が、目に見えて歪む。


「アンタ……」


 声が、低くなる。


「アンタさ、勘違いしてない?」

「何をですか」

「私が、逃げてるって言いたいわけ?」

「いいえ。ただ――」

「ふざけんなよ」


 ヤヤコは、グラスを乱暴に置いた。


「私は長くやってきた。生き残ってきた。だから分かるんだよ、どこまで行ったら終わるか」

「終わる、というのは?」

「配信者として、人生として」


 なるほど。

 線を引く理由は、倫理じゃない。


 正しさじゃない。

 優しさでもない。

 ただ、生き残るための距離感だ。


 つまりは、自己保身。


「それって」


 私は、つい言ってしまった。


「子供っぽくないですか?」


 言葉にした瞬間、しまった、と思った。

 でも、もう遅い。


「……は?」


 ヤヤコが、立ち上がる。


「今、なんて言った?」

「線を引くことで、大人ぶってるだけに見えます」


 沈黙が流れた。

 そして。


「――クソ女」


 ヤヤコは、吐き捨てるように言った。


「アンタ、自分が何者だと思ってんの?」

「配信者です」

「調子に乗んな」


 ヤヤコは立ち上がり、財布も出さず、そのまま踵を返した。


「次会う時は、ダンジョンの中だ」


 去り際に、それだけ言い残して。


 ドアが乱暴に開き、閉まる。

 音が、やけに大きく響いた。


 私は、しばらく席を立たなかった。


 テーブルの上には、飲みかけのグラスが二つ。

 片方は、ほとんど残っている。


 大人、か。


 線を引くことで、安心したいだけ。

 踏み込まないことで、壊れずに済んでいるだけ。

 それを、私は否定した。


 多分あれは、逆鱗だった。


 分かり合えなかった、とは思わない。

 分かり過ぎてしまったのだと思う。


「奢るって言ったのに……」


 二人分の会計を済ませて、店を出る。

 夜の空気が、少し冷たい。


 ――これで、終わりだろうか。


 いいや。

 たぶん、始まった。

 あの人は、私を放っておかない。


 理由は分からない。

 でも、はっきりしていることが一つある。

 私は、あの人が守ってきた「線」を、踏み越えた。


 それだけで、人は簡単に敵になる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ