第39話 お誘い
大学の講義中だった。
前の席の学生がノートを取る音と、プロジェクターの低いファン音が、妙に眠気を誘う。
担当教員は、スライドに書かれた専門用語を、抑揚のない声で読み上げていた。
そのとき、ポケットの中でスマホが震えた。
――また通知。
何やら、ダイレクトメッセージが届いている。
救命部隊との一件以来、批判や罵倒のメッセージが頻繁に来るようになった。
今回もどうせまたそういうメッセージだろうと思いつつ、眉をひそめながら、膝の上でそっと画面を確認する。
ヤヤコ、という名前が表示されていた。
ヤヤコ……あの小柄な女配信者だ。
あまり良い印象はないが、一応内容を見てみる。
『この前の配信、見たよ。
悪くはなかった。
でも、あんなやり方してたら長く持たない。
独学も、そろそろ限界じゃない?』
……ふうん。
返事をする気にもならず、私はスマホを伏せた。
講義の内容は相変わらず頭に入ってこないけど、ヤヤコの言葉も、別に心に刺さったわけではない。
ただ、分かったことが一つある。
この人は、私を「下」に見ている。
それだけだ。
私はそのまま、何も返さなかった。
数日が過ぎた。
講義、配信、帰宅。
いつも通りの生活を繰り返しながらも、ヤヤコからのメッセージは返さないままだった。
無視されることに、慣れていないタイプだったりするのかな。
そんなことを、どこか他人事のように考えていた。
そして、三日目。
また、講義中にスマホが震えた。
今度は、ためらいなく画面を見る。
『おい、無視すんな。
先輩として教えてやるって言ってんの。
今度、会わない?
一杯奢る。』
……ああ、なるほど。
言葉の端々に、苛立ちが滲んでいる。
「奢る」という単語が、やけに目についた。
私はしばらく、スマホを見つめたまま動かなかった。
断る理由は、いくらでもある。
会う必要も、義理も、正直なところ、興味もない。
でも――。
ヤヤコは、私と同じ場所を見ている。
ダンジョンと、配信と、数字と、炎上と。
今まで、そういう人と面と向かって会話したことなんてなかった。
だから正直なところ、少し興味がわいた。
それに。
この人が、どんな顔で私を見下ろすのか。
それを、一度くらい確認しておくのも悪くない気がした。
私は、短く返事を打った。
『分かりました。
時間と場所、教えてください。』
送信。
スマホを伏せると、ちょうど講義が終わるところだった。
教室がざわつき、人が立ち上がり始める。
その音の中で、私はぼんやりと思った。
――たぶん、面倒なことになる。
でも。
どうせ、いつものことだ。
私は席を立ち、カバンを肩にかけた。
一体彼女は、どんな面倒な話を私にふっかけてくるのだろうか。
そんなことを、少しだけ楽しみにしながら。




