第36話 切り抜きの向こう側
救命部隊の件から一週間以上経っているのに、まだ切り抜き動画が出回っていた。
内容を見たところで得られるものは何もなさそうだけど、私は退屈しのぎにそれらの動画を眺めていた。
『【衝撃】救命部隊に論破されない女配信者』
『倫理崩壊? 第五層・救助現場の一部始終』
『【悲報】炎上系配信者さん、またやってしまう』
どれも似たようなサムネイルだった。
私の無表情な顔。
救命部隊の怒鳴り声。
担架に乗せられた探索者の一瞬。
動画は、編集されていた。
余計な前後は削られ、強い言葉だけが残る。
沈黙は詰められ、視線は強調される。
「見やすい形」に、整えられていた。
<コメント>
・これは流石にアウト
・でも違法じゃないんだよな
・救命部隊も感情的すぎ
・アリサ冷静すぎて怖い
・正論で殴ってるだけじゃん
・人の命をエンタメにするな
・じゃあ誰が線引くの?
・ダンジョンは自己責任だろ
・助かってるならいいじゃん
・嫌なら見るなで終わり
・でも見ちゃうんだよな
・これ、後世に残るやつだろ
・炎上商法うますぎ
・また同接伸びるなこれ
肯定と否定が、同じ速度で流れていく。
誰かが叩くと、誰かが擁護する。
擁護に噛みつく者がいて、冷笑する者もいる。
「正しい」かどうかを決めようとする声は、ほとんどなかった。
ただ、「強い」か、「弱い」か。
「面白い」か、「不快」か。
そのどちらかで、語られていた。
切り抜き動画を、いくつか眺めているうちに、ふと昔のことを思い出した。
まだ、ルーシーが生きていて、私たちの配信が今ほど注目されていなかった頃だ。
休憩中、ダンジョンの外で、ルーシーがスマホをいじりながら言った。
「ねえアリサ。切り抜き動画ってさ」
彼女は、画面をこちらに向けるでもなく、独り言みたいな調子だった。
「ちゃんと全部を見る気がない人のための、標本だよね」
私は曖昧に相槌を打った気がする。
「長すぎる人生を、短くするためのやつ。怖がってたところも、迷ってたところも、どうでもよくてさ」
ルーシーは、少し笑っていた。
「一番『強い瞬間』だけ残して、あとは捨てる」
それから、何でもないことみたいに、こう言った。
「そのうち、アリサの切り抜きも出回るよ」
そう言われて、私はどんな顔をしたか覚えていない。
「感情ない顔で一番ひどいこと言うから」
「最後の一言だけ使われて、『この女やばい』って言われる」
冗談めかした口調だった。
「でもさ……それって、ちょっと勝ちじゃない?」
当時は、意味がよく分からなかった。
今なら、分かる。
私の顔。
怒鳴る救命部隊。
担架に乗せられた探索者。
全部、彼女の言った通りの形で、切り取られていた。
切り抜き動画だけじゃない。
考察動画が出た。
まとめサイトが動いた。
倫理を語る配信者が便乗した。
『彼女は悪なのか』
『救命部隊は本当に正義か』
『ダンジョンに法律は必要か』
どれも、答えは出していない。
出せるはずもない。
数字だけが、答えだった。
再生数。
同時接続数。
チャンネル登録者数。
グラフは、きれいな右肩上がりを描いている。
<コメント>
・嫌いだけど見る
・怖いけど目離せない
・こいつ絶対どっかで死ぬ
・でもそれも見たい
・最後まで見届けたい
・伝説になるタイプ
・アリサは“分かってて”やってる
・分かってない方が怖いけど
・次いつ配信?
・通知オンにした
その中に、いくつか、やけに冷静なコメントが混じっていた。
「彼女は、人を殺したいわけじゃない」
「撮りたいだけだ」
「救命部隊とは仕事が違うだけ」
すぐに流れて、誰にも拾われなかった。
夜が更ける頃、私はスマホを手に取った。
通知は、相変わらず止まらない。
でも、もう切り抜き動画は開かなかった。
見なくても、分かる。
今、何が起きているか。
私は、ただ一つだけ確認する。
次の配信の、予定時間。
――見たい人が、まだいる。
それだけで、十分だった。
◆◆◆
夜だった。
ヤヤコは、安っぽいソファに寝転がったまま、スマホを眺めていた。
配信はしていない。編集もしていない。
ただ、スクロールしているだけだ。
『【炎上】救命部隊と衝突する女配信者』
『第五層・救助現場』
また、アリサだ。
「……チッ」
短く舌打ちする。
サムネイルの時点で気に食わない。
無表情な顔。
カメラ目線。
救命部隊の怒声。
「持ってる」顔だ。
そういう人間の顔。
動画を開く。
救命部隊の男が怒鳴っている。
アリサは、動じない。
言い返す。
淡々と。
まるで、最初から全部分かっていたみたいに。
「人の命をコンテンツにするな」
その台詞の直後。
アリサが、首を少し傾げる。
「してません」
コメント欄が爆速で流れている。
・こいつ怖すぎ
・でも正論
・救命部隊もキレすぎ
・ダンジョンは自由だろ
・アリサつよい
・これは勝ち
ヤヤコは、無意識に眉をひそめていた。
「……ムカつく」
声に出す。
でも、すぐに理由が分からなくなる。
救命部隊が正しい。
それは分かる。
撮る必要なんてない。
普通はそうだ。
でも。
アリサは、嘘をついていない。
取り繕ってもいない。
言い訳もしていない。
ただ、「私はこれをやっている」と、言っているだけだ。
動画の終盤。
担架に乗せられた探索者の背中が映る。
アリサは、最後までカメラを下げない。
切り抜きは、そこで終わった。
ヤヤコは、しばらく画面を見つめたまま動かなかった。
再生数は、もう何十万だ。
伸び方が、異常だ。
「……ズルいんだよ」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。
ヤヤコは、画面を閉じた。
そのまま、アリサのチャンネルページを開く。
過去の配信。
タイトル。
サムネイル。
一つ一つ、見ていく。
「死ぬんじゃないの……こいつ」
小さく、呟いた。
それが、苛立ちなのか。
忠告なのか。
それとも――期待なのか。
ヤヤコ自身にも、まだ分からなかった。




