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その配信は【閲覧注意】~ダンジョン死亡配信録~  作者: にとはるいち
第一部

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第34話 救助の邪魔

「しまった。バッテリーがない……」


 第五層で物陰に潜みつつ、私は呟いた。

 迂闊だった。通信傍受機のバッテリーが無くなってしまっていたのだ。


 通信傍受機を使うようになってから、無駄足はほとんど踏まなくなっていた。

 救急要請。出動ルート。現場到達予測。


 全部、数字と音で把握できた。

 勘に頼っていた頃とは、効率がまるで違う。


 それを失った今、私は――ただの探索者だ。

 事件を待ち、運に任せる側に戻ってしまった。


 情報がない世界は、こんなにも鈍い音がするのかと思った。


 何も起きていない時間が、無駄に長い。


 胸の奥に、わずかな苛立ちが生まれる。

 獲物を横取りされた、という感覚に近い。


 ……仕方ない。

 今日は、そういう日だ。


 傍受機が使えないと、ダンジョン救命部隊に先んじて現場に駆け付けるのが難しくなる。

 ダンジョンの外に出て充電することも考えたが、それだけで一日が終わってしまうかもしれない。


 私は仕方なく、以前のように、静かに物音に耳を澄まして、事件の匂いをかぎ取ることにした。


 すると、しばらくして、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。間違いない、ダンジョン救命部隊だ。


 サイレンの音は、ダンジョンの中ではやけに響く。


 規則正しく、冷たく、感情がない。

 まるで、この先で起きていることを、もう結果として処理しているみたいだった。


 私は、音のする方へと足を向ける。


 四層に近い通路。

 視界の先で、オレンジ色の制服が動いているのが見えた。


 ダンジョン救命部隊だ。


 四脚の救護ドローンが、負傷者を囲むように配置されている。


 ドローンの一機が、負傷者の胸部に光を当てている。

 魔素反応の測定だろう。

 別の一機は止血処置。

 動きに迷いがない。


 人を助ける作業は、映像としては地味だ。

 派手な瞬間も、決定的なカットもない。


 でも――

 「失敗しない動き」だけが、淡々と積み重なっていく。


 それを見て、私は思う。

 このまま全部、無事に終わってしまうかもしれない、と。


 それでも私は立ち止まらず、ドローンを起動する。


「配信、始めます」


<コメント>

・始まったーー!

・来たな

・救命部隊いるじゃん

・割り込む気?

・今回はやばくね?

・アリサならやる。そういう女だ

・救助シーン地味だな


 救命部隊の一人が、こちらに気づいた。


「――止まれ!」


 男の声。

 年齢は三十代半ばくらいだろうか。

 ヘルメット越しでも、苛立ちが伝わってくる。


「ここは救助中だ。撮影はやめろ」


 私は、足を止めたまま答える。


「撮影禁止エリアなんてありませんよね」


 一瞬、空気が止まった。


「……そういう話じゃない」

「では、どういう話ですか?」


 男は、歯を噛みしめるようにして言った。


「人が死にかけてる。分かってるだろ」


 私は、倒れている探索者にカメラを向けたまま答える。


「分かってます」

「だったら――」

「だから、撮ってます」


 自分でも驚くほど、声は平坦だった。

 その言葉が、正しいかどうかは分からなかった。


 でも、間違っているとも思えなかった。


 その感覚自体が、私にとっては、もう普通だった。


<コメント>

・ヒエッ

・正論で殴るな

・救命部隊が正しいのは分かる

・でも止める権限ないよな

・これ法的にアウトじゃないん?

・ダンジョン内は無法地帯だろ

・助かってるならよくね?

・いや撮る必要はない

・でも誰がそれ決めるの

・空気重すぎて逆に目離せない

・こいつ怖い

・倫理どこいった

・何言ってんだこいつ……


 コメント欄が、二つに割れていく。

 叩く者。

 擁護する者。

 どちらでもなく、ただ見ている者。


 誰も「正解」を言っていない。それが、この配信の正体だった。


「君さ……!」


 別の隊員が口を挟んできた。


「その配信で、どれくらいの人が不快になると思ってる?」


 私は少しだけ考えてから答えた。


「不快かどうかは、視聴者が決めることです」

「責任を感じないのか!」


 その言葉に、私はようやくカメラから目を離し、隊員を見る。


「……何の責任ですか?」

「影響力だ! 君の配信を見て、同じことをする奴が出てきてる!」


 一瞬、頭に「模倣者」という単語が浮かぶ。


 でも、それは否定もしない。


「それは、私の管轄じゃないです」

「なに……?」

「私は、私の配信をしているだけです」


 言い切る。


「ダンジョン内で、私は何も違法なことはしていません」


 救命部隊の男は、言葉を失った。


「撮影も、配信も、自由です。もし問題があるなら、無理やり止めてください」


<コメント>

・つよい

・論理的すぎる

・正しいけど正しくない

・救命部隊涙目

・パワースタイルで草

・まあ、ダンジョンは自由だから

・救命部隊と衝突か?笑


「……人の命を、コンテンツにするな」


 低い声で、そう言われた。


 私は、少しだけ首を傾げる。


「してません」

「……は?」

「『映像』を仕事にしてるだけです」


 探索者の命も、救命部隊の活動も、全部そのフレームの中にある。


「助けるのは、あなたたちの仕事ですよね」


 男の顔が、怒りで歪む。


「撮るのは、私の仕事です」


 救命部隊のリーダーらしき人物が、一歩前に出た。


「これ以上近づくな。邪魔だ」


 リーダーらしき男は、これ以上撮影を続けるなら、力づくで排除すると言わんばかりの態度だった。

 私は隊員たちを見据える。

 もし今、彼らと戦闘になったらどうなるだろうかと考える。

 撮れ高としては申し分ないだろう。そんな考えがすぐ頭をよぎってしまう。


 ……とはいえさすがに、手練れの探索者を複数人相手にして、勝てるとは思えない。

 ここは引くのが妥当な選択だろう。


「……分かりました」


 私は、素直に一歩下がる。

 でも、ドローンは下げない。


<コメント>

・うわあ……

・冷たすぎる

・でも筋通ってる

・さすがに倫理的にどうなの

・これは炎上不可避

・まーた燃えそうだな笑

・いつも通りだろ

・今回はヤバそう

・救命部隊の連中ムカつくからもっとやれ

・アリサの負けか?www


 そのまま、救命部隊は撤収した。


 探索者は、生きていた。

 担架に乗せられ、ドローンに運ばれていく。


 その背中を、私は最後まで映した。


 撤収の際、救命部隊の最後尾にいた男が、一瞬だけこちらを振り返った。


 ヘルメット越しに目が合った――気がした。

 その視線には、怒りも、軽蔑も、正義感もなかった。

 まるで、「仕事のやり方」を確認するような目だった。


 妙にそれが、印象的だった。


 配信を切ったあと、スマホが熱を持っているのが分かった。

 通知が、止まらない。


 たぶん炎上しているのだろう。

 でも、それはもう慣れた。


 ふと、ルーシーの声を思い出す。


『ねえアリサ。見られない死って、ちょっと寂しくない?』


 私は、何も答えなかった。

 ただ、次はどこを撮ろうかと考えていた。


 その夜、ダンジョン救命部隊の公式アカウントが声明を出していた。


【救助活動中の無断撮影について】

・現場の安全確保を最優先とする

・今後、対応を検討する


 短く、感情のない文章だった。


 それとは対照的に、ネットの反応は扇動的だった。


『救命部隊 vs アリサ』

『倫理観が壊れてるのはどっち?』

『第五層・救助現場の一部始終』


 切り抜き動画が、次々と回り始める。

 言葉を削られ、文脈を失い、ただ「強い場面」だけが独り歩きしていく。


 私の顔。

 救命部隊の怒声。

 担架に乗せられた探索者。


 それらが、「見ていい形」に加工されていた。


 それを見て、私は少しだけ安心してしまった。

 ああ、もう私の手を離れたんだ、と。


 撮った瞬間から、これは私のものじゃなかった。

 編集され、切り取られ、消費される。


 それでいい。

 見られている限り、これは「出来事」になる。

 それは、意味を持った物語といってもいい。


 見られなければ、ただの事故だ。


 そういうものを、私は最初から撮っている。

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