第26話 素敵なワンシーン
配信を切ると、ダンジョンは急に静かになった。
静けさは、思っていたよりも深かった。
耳鳴りのようなものすらない。
配信中は常に感じていた、背中を押される気配が消えている。
その事実に、私は安堵していた。
同時に、少しだけ物足りなさも覚えていた。
誰にも見られていないこの時間が、「自由」なのかどうか、分からなくなっていた。
コメントの流れも、電子音も消えて、代わりに聞こえてくるのは自分の呼吸音と、遠くで魔物が蠢く気配だけだ。
私はその場に立ち尽くし、二人の探索者を見下ろしていた。
もう、助ける必要はない。
助けられる可能性も、ない。
理解した瞬間、胸の奥で何かがすとんと落ちた。
悲しみでも、罪悪感でもない。
切り替えだ。
私はゆっくりと膝をつき、遺体を目前にした。
触れていいのか、という迷いはあった。
触れれば、もう戻れない。
そんな気がして、手が止まった。
これは、救助じゃない。
確認でもない。
ただの――配置換えだ。
死体は、ここでは珍しくもない。
五層では、よくある「結果」だ。
――そう言い聞かせることで、私は一歩、踏み込む理由を作った。
結局、一人目の遺体に触れた。
装備はまだ温もりを残している気がしたが、それも錯覚だ。
力を入れて引きずると、床を擦る音が耳に残る。
思ったより、軽かった。
生きていた頃よりも、人ひとり分の重さが、どこか欠けている。
装備が床を擦る音が、やけに大きく響く。
音を立ててはいけない理由なんてないのに、私は何度も周囲を確認した。
誰に見られるわけでもない。
それなのに、私は「見られている」前提で、動いていた。
――このまま映しても、ただの「事故現場」だ。
私は顔を上げ、周囲を見回す。
第五層のこのエリアは、魔石が露出した岩壁が多い。
淡い光が、一定のリズムで脈打つように輝いている。
その光の下。
影が極端に落ちず、輪郭が浮き上がる位置。
「……あそこだ」
独り言が漏れた。
二人分の身体を、少しずつ移動させる。
生きている人間のような抵抗がない。
ただ、物体としてそこにあるだけだ。
それが、私を落ち着かせた。
もし泣き声でも聞こえたら、もし指が動いたら、私は、ここまで冷静ではいられなかっただろう。
腕を引き、脚を揃え、姿勢を整える。
乱れた髪を、顔にかからないように払う。
無意識に、丁寧な動きになっている自分に気づいた。
二人を、寄せる。
肩と肩が触れる距離。
片方の手が、もう片方の指先に自然に重なる位置。
最期まで、二人一緒だったように。
私は立ち上がり、数歩下がった。
魔石の光が、二人の輪郭を柔らかく縁取っている。
影が重なり合って、まるで最初から、そうあったかのように見えた。
……悪くない。
そう思ってしまった瞬間、胸の奥が、ひどく静かになった。
血の跡も、破損した装備も消えてはいない。
でも、それらすべてが画面の一部として収まっている。
これは、ただの事故現場ではない。
私は、無意識に一歩引いていた。
近すぎると、ただの現実になる。
距離を取りすぎると、それは背景になる。
どこまで離れれば、現実は作品に変わるのか。
その境界を、私はもう知っていた。
物語の中のワンシーンだ。
――これなら。
私は、ドローンの配信スイッチを押した。
◆◆◆
《LIVE》【閲覧注意】第五層・探索者二名死亡現場
— 視聴者数:64,882
<コメント>
・戻った
・やっと戻ったか
・……え?
・配置、変わってない?
・いや、絶対変わってる
・寄り添ってる……
・誰がやった?
「さっきの二人です」
私は、カメラを固定しながら言った。
「助けようとはしました。でも、間に合いませんでした」
説明は、それだけ。
カメラを少し引く。
二人の全身が、魔石の光と一緒に画面に収まる。
<コメント>
・………………
・言葉が出ない
・正直、目が離せない
・これ、ズルい
・アウトなのに、完成してる
・遺体動かした?
・でも……映像として強すぎる
視聴者数が、また増えた。
七万。
八万。
私は黙って、映し続ける。
この場に来る人間は、必ず同じものを見る。
二人の死。
配置された身体。
魔石の光。
でも、それをどう感じるかは、見る側の問題だ。
私は、見せただけ。
その言い訳が、
自分の中で驚くほど自然に通用していた。
すると――。
「ダンジョン救命部隊だ! そこを動くな!」
甲高い拡声器の声が、ダンジョン内に響いた。
複数の足音。
防護装備を身につけた隊員たちが、通路の奥から現れる。
<コメント>
・救命部隊きた!?
・え、タイミング神
・修羅場じゃん
・怒られるか?
・これは炎上不可避
「……ああ、来たんですね」
私はカメラを向けたまま、振り返った。
「何をしている!」
隊員の一人が私に駆け寄って聞いた。
「二人を助けようとしたんですが、間に合いませんでした」
「……そうか」
隊員は遺体の配置を見て、顔を少ししかめた。
「遺体に触れたか?」
「触れたとしたら、何か問題が?」
「……いや、どうでもいいことだ。君はもう下がってなさい。後は我々が片づける」
意外にも、それだけだった。
隊員たちは、あわただしく現場で対応していた。
コメント欄も盛り上がっている。
私は満足した。やはり深層では、美しいものが撮れる。
ふと、思った。
ルーシーなら、きっと同じ場所に立ったんじゃないだろうか。
そう思えたことが、私を一番安心させた。
だから、この光景を、私は完成させた。




