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その配信は【閲覧注意】~ダンジョン死亡配信録~  作者: にとはるいち
第一部

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第26話 素敵なワンシーン

 配信を切ると、ダンジョンは急に静かになった。


 静けさは、思っていたよりも深かった。


 耳鳴りのようなものすらない。

 配信中は常に感じていた、背中を押される気配が消えている。


 その事実に、私は安堵していた。

 同時に、少しだけ物足りなさも覚えていた。


 誰にも見られていないこの時間が、「自由」なのかどうか、分からなくなっていた。


 コメントの流れも、電子音も消えて、代わりに聞こえてくるのは自分の呼吸音と、遠くで魔物が蠢く気配だけだ。


 私はその場に立ち尽くし、二人の探索者を見下ろしていた。


 もう、助ける必要はない。

 助けられる可能性も、ない。


 理解した瞬間、胸の奥で何かがすとんと落ちた。


 悲しみでも、罪悪感でもない。

 切り替えだ。


 私はゆっくりと膝をつき、遺体を目前にした。


 触れていいのか、という迷いはあった。

 触れれば、もう戻れない。

 そんな気がして、手が止まった。


 これは、救助じゃない。

 確認でもない。


 ただの――配置換えだ。


 死体は、ここでは珍しくもない。

 五層では、よくある「結果」だ。


 ――そう言い聞かせることで、私は一歩、踏み込む理由を作った。


 結局、一人目の遺体に触れた。


 装備はまだ温もりを残している気がしたが、それも錯覚だ。

 力を入れて引きずると、床を擦る音が耳に残る。


 思ったより、軽かった。


 生きていた頃よりも、人ひとり分の重さが、どこか欠けている。


 装備が床を擦る音が、やけに大きく響く。

 音を立ててはいけない理由なんてないのに、私は何度も周囲を確認した。


 誰に見られるわけでもない。


 それなのに、私は「見られている」前提で、動いていた。


 ――このまま映しても、ただの「事故現場」だ。


 私は顔を上げ、周囲を見回す。

 第五層のこのエリアは、魔石が露出した岩壁が多い。

 淡い光が、一定のリズムで脈打つように輝いている。


 その光の下。


 影が極端に落ちず、輪郭が浮き上がる位置。


「……あそこだ」


 独り言が漏れた。


 二人分の身体を、少しずつ移動させる。


 生きている人間のような抵抗がない。

 ただ、物体としてそこにあるだけだ。


 それが、私を落ち着かせた。

 もし泣き声でも聞こえたら、もし指が動いたら、私は、ここまで冷静ではいられなかっただろう。


 腕を引き、脚を揃え、姿勢を整える。

 乱れた髪を、顔にかからないように払う。

 無意識に、丁寧な動きになっている自分に気づいた。


 二人を、寄せる。


 肩と肩が触れる距離。

 片方の手が、もう片方の指先に自然に重なる位置。


 最期まで、二人一緒だったように。


 私は立ち上がり、数歩下がった。


 魔石の光が、二人の輪郭を柔らかく縁取っている。

 影が重なり合って、まるで最初から、そうあったかのように見えた。


 ……悪くない。


 そう思ってしまった瞬間、胸の奥が、ひどく静かになった。


 血の跡も、破損した装備も消えてはいない。

 でも、それらすべてが画面の一部として収まっている。


 これは、ただの事故現場ではない。


 私は、無意識に一歩引いていた。


 近すぎると、ただの現実になる。

 距離を取りすぎると、それは背景になる。


 どこまで離れれば、現実は作品に変わるのか。

 その境界を、私はもう知っていた。

 物語の中のワンシーンだ。


 ――これなら。


 私は、ドローンの配信スイッチを押した。


◆◆◆


《LIVE》【閲覧注意】第五層・探索者二名死亡現場

— 視聴者数:64,882


<コメント>

・戻った

・やっと戻ったか

・……え?

・配置、変わってない?

・いや、絶対変わってる

・寄り添ってる……

・誰がやった?


「さっきの二人です」


 私は、カメラを固定しながら言った。


「助けようとはしました。でも、間に合いませんでした」


 説明は、それだけ。


 カメラを少し引く。

 二人の全身が、魔石の光と一緒に画面に収まる。


<コメント>

・………………

・言葉が出ない

・正直、目が離せない

・これ、ズルい

・アウトなのに、完成してる

・遺体動かした?

・でも……映像として強すぎる


 視聴者数が、また増えた。


 七万。

 八万。


 私は黙って、映し続ける。

 この場に来る人間は、必ず同じものを見る。


 二人の死。

 配置された身体。

 魔石の光。


 でも、それをどう感じるかは、見る側の問題だ。


 私は、見せただけ。

 その言い訳が、

 自分の中で驚くほど自然に通用していた。


 すると――。


「ダンジョン救命部隊だ! そこを動くな!」


 甲高い拡声器の声が、ダンジョン内に響いた。


 複数の足音。

 防護装備を身につけた隊員たちが、通路の奥から現れる。


<コメント>

・救命部隊きた!?

・え、タイミング神

・修羅場じゃん

・怒られるか?

・これは炎上不可避


「……ああ、来たんですね」


 私はカメラを向けたまま、振り返った。


「何をしている!」


 隊員の一人が私に駆け寄って聞いた。


「二人を助けようとしたんですが、間に合いませんでした」

「……そうか」


 隊員は遺体の配置を見て、顔を少ししかめた。


「遺体に触れたか?」

「触れたとしたら、何か問題が?」

「……いや、どうでもいいことだ。君はもう下がってなさい。後は我々が片づける」


 意外にも、それだけだった。

 

 隊員たちは、あわただしく現場で対応していた。

 コメント欄も盛り上がっている。


 私は満足した。やはり深層では、美しいものが撮れる。


 ふと、思った。

 ルーシーなら、きっと同じ場所に立ったんじゃないだろうか。

 そう思えたことが、私を一番安心させた。


 だから、この光景を、私は完成させた。

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