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その配信は【閲覧注意】~ダンジョン死亡配信録~  作者: にとはるいち
第一部

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第25話 事故場面

 五層に降りてから、不思議なことに迷いが減った。


 通路の奥、岩壁の影から現れたのは、ヴェインパペットの群れ。三体……いや、四体か。

 かつてなら、即座に撤退を考えていただろう。


 だが今は違う。


「来るよ」


 独り言のように呟き、私は拳銃を具現化した。


 最初の一体が飛びかかってくる。速度は相変わらず速い。

 だが、視線の動き、踏み込みの癖――すでに分かっている。


 横に転がりながら発砲。

 一発、二発。外れ。

 三発目で脚を撃ち抜くと、ヴェインパペットは体勢を崩して地面を転がった。


 残りが一斉に距離を詰めてくる。

 私は壁際の松明を蹴り倒し、炎を散らした。


 光と熱に怯む一瞬。

 その隙を逃さず、魔素を込めた弾丸を次々と叩き込む。


 最後の一体が床に倒れ伏した時、私は息を整えながら周囲を見回した。


 ……勝った。


 息を吐いた瞬間、自分でも驚くほど肩の力が抜けた。


 鼓動はまだ速いが、不快ではない。むしろ、心地いいとすら感じていた。


 銃を握る手の感覚を確かめる。

 震えていない。引き金の重さも、視界の端の情報も、すべてがはっきりしている。


 ――いける。


 そう思えた理由を、私は深掘りしなかった。

 勝ったからでも、特訓を積んだからでもない。


 ただ、この層に拒絶されていない気がしたのだ。


<コメント>

・成長えぐい……

・群れ相手に普通に勝ってる

・五層でも通用してるな

・完全に別人

・もう初心者じゃねえ

・探索者アリサじゃん

・群れ処理うめえ


 私は五層に来られる探索者になった。


 そう実感した私は、この層の中でもあらゆるエリアに移動しやすそうな場所を見つけて、物陰に陣取った。

 

 そして、先日手に入れた通信傍受機を取り出し、スイッチを押す。


 ザザ――とノイズの音が聞こえる。


 配信中には、決して味わえない静けさだった。


 誰かに見られていない。評価も、期待も、数字も、今は届かない。


 ノイズだけが鼓膜を満たし、思考が薄く引き延ばされていく。

 この音の中では、生きているか死んでいるかすら、曖昧になる。


 ――ずっと、このまま待っていてもいい。


 そんな考えが浮かんだ自分に、私は一瞬だけ眉をひそめた。


 私は辛抱強く、しばらく待ち続ける。


 目をつぶり、ノイズの音に集中すると、ノイズだけが世界のすべてになったような気がした。

 不思議な安らぎがあった。


 そんな感傷に浸っていると、音に乱れが生じた。


「……!」


 すぐさま乱れは無くなり、「音声」が流れた。


『――救命部隊ですか!? スライムの群れに襲われて……助けてください!』


『こちらダンジョン救命部隊です。契約者の方ですか? お名前か契約番号を――』


『月野です! 月野コハル……早く来てください! 仲間がもう……!』


『……確認できました。現在の場所は分かりますか?』


『五層Dブロックの奥です! 早く! お願いします!』


『すぐに向かいます。少々お待ちください』


 そこで通信が途切れた。


 この瞬間を、待っていた。


 私は急いで現場へ向かう。

 道すがら魔物を倒し、トラップを回避し、慎重になりながらも急ぐ。


 そろそろDブロックが近い――


 そう、思った直後だった。


 血の匂いがした。


 湿った岩肌に、引きずられたような痕跡。

 嫌な予感が背中を撫でる。


 通路の先、開けた空間に出た瞬間、私はそれを見た。


 女性の探索者が二人。

 そして、その周囲を囲むエコースライムの群れ。


 半透明の体が揺れ、音を反射するたびに空気が歪む。

 悲鳴が、反響して、何度も耳に刺さる。


「……っ」


 一人は膝をつき、もう一人は必死に相方を引きずろうとしている。

 だが、足元からスライムが這い上がり、動きを奪っていた。


 私は、立ち止まった。


 距離は、致命的ではない。

 射線も通る。遮蔽物もある。


 一体ずつなら、確実に処理できる。

 運が良ければ、二人とも助けられるかもしれない。


 ――でも。


 脳裏に、失敗した場合の映像が浮かんだ。

 弾切れ。

 足を取られる感触。

 視界いっぱいに広がる、半透明の影。


 助けに入れる。

 だが、それは「安全」ではない。


 その結論に辿り着くまでに、ほんの一拍だけ、時間がかかった。


 距離、魔物の数、残弾、魔素残量。

 冷静に計算する。


 ――助けに入れる。

 でも、無傷では済まないかもしれない。


 同時に、頭の隅で別の考えが浮かぶ。


 今、助けに入らなければ。

 このまま遠巻きに撮れば――。


 第五層。

 女性二人組。

 エコースライム。


 「タイトル」が、自然と頭に浮かんでしまう。


 配信画面の構図が、勝手に組み上がっていく。


 光源。

 距離。

 二人と魔物の配置。


 ――今なら、全部入る。


 その考えが浮かんだ瞬間、私は歯を噛みしめた。


 違う……違うはずだ。


 その「違う」を証明するためには、私は前に出るしかなかった。


<コメント>

・あっこれは……

・撮れ

・やばい現場

・逃げろアリサ

・助けるの?

・これ撮れ高高すぎ

・判断遅いぞ


「違う……!」


 私は小さく、首を振った。


「……助ける」


 誰に言うでもなく、そう呟いていた。


 私は駆け出しながら発砲した。

 魔素を多めに込めた弾丸が、スライムを弾き飛ばす。


「下がって!」


 一人がこちらを見た。

 安堵が、その顔に浮かぶ。


 その瞬間だった。


 音が歪んだ。


 背後から回り込んだエコースライムが、彼女の首元に絡みつく。

 悲鳴が、途中で潰れる。


「……っ!」


 私はさらに撃った。

 残る一人に向かって走る。


「きゃああああああぁぁぁぁ!!!」


 だが、遅かった。


 たどり着いたとき、二人とも床に崩れ落ちていた。

 呼吸の気配がない。


 エコースライムの群れは、役目を終えたかのように散っていく。


 私は、その場に立ち尽くした。

 助けようとはした。本当に、そうだ。

 でも、間に合わなかった。


 「あと一歩、早ければ」そんな言葉が、頭の中をよぎっては消える。


 正確には違う。

 あと一歩では足りない。

 最初から、間に合わない可能性の方が高かった。


 それでも私は、「助けようとした自分」を、どこかで確認したがっていた。


<コメント>

・今の見た?

・今の助けに行ったよな

・惜しすぎる

・判断一瞬遅かった

・5層きつすぎ

・間に合わないのえぐい

・きっつー……


 私は、拳銃を下ろしたまま、二人を見つめ続けた。


 しばらく、動けなかった。


 五層は、実力だけではどうにもならない場所なのだと、その時、はっきりと思い知らされた。


 私は、二人の遺体から目を離せずにいた。


 血。

 崩れた装備。

 床に散らばる魔石の微光。


 視界の端で、コメント欄だけがやけに賑やかだった。


<コメント>

・助けようとしてたのは分かる

・これは運が悪すぎる

・五層こえー……

・でも映像、正直すごい

・この構図やばくない?

・光の当たり方、映画みたい

・スライムに襲われるとこんななるんか……


 ……映画。……構図。


 その言葉に、胸の奥がわずかに反応した。


 私は、ゆっくりと周囲を見回す。

 魔石が露出した岩壁。淡く脈動する光。

 その下に横たわる、二人の探索者。


 今は、ただ倒れているだけだ。

 偶然死んだ、事故の跡。


 でも――。


「……」


 頭の中で、何かが形を取り始めていた。

 嫌なほど、はっきりと。


<コメント>

・アリサ?

・黙った

・なに考えてる?

・まだ配信続ける?

・この沈黙怖いんだけど


 私は、撮影ドローンの方に目を向ける。


 助けようとした。

 間に合わなかった。


 ――それは事実だ。


 でも、このまま映すだけで終わらせるのは、違う。

 そんな気がしてしまった。


 私は、静かに息を吸う。


「……ごめん」


 誰に向けた言葉か、自分でも分からない。


 そして、カメラに向かって言った。


「少しだけ、配信切ります」


<コメント>

・え?

・切るの?

・なんで?

・ちょ、待って

・ここで!?

・何する気だよ

・戻ってきて!!


 私は、配信終了ボタンを押した。


 画面が暗転する。


 静寂の中で、魔石の光だけが、やけに綺麗に揺れていた。

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