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その配信は【閲覧注意】~ダンジョン死亡配信録~  作者: にとはるいち
第一部

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20/91

第19話 ヴェインパペット

「今日は、ヴェインパペットと戦ってもらう」


 前回同様、私はトレーナーに訓練用のダンジョン内の一区画に案内された。


 前よりも狭く、薄暗いエリアで、壁には松明がいくつも取り付けてあった。


 奥の方に、大きな檻が置いてあった。

 檻の中では、一匹の真っ黒な猿のような魔物が、叫びながら暴れている。猿と違って体毛はなく、代わりに魔素が流れる血管が全身の体表に張り巡らされていて、グロテスクに脈動している。


 これが、ヴェインパペットだ。


 他の配信者の動画で何度も見た魔物だ。

 初心者が不用意に近づき、数秒で引き裂かれる映像。

 逃げようと背を向けた瞬間に喉を噛み切られる映像。


 どれも、コメント欄では「即死」「神回」「助からないやつ」と軽く流されていた。

 でも画面越しに見ているのと、今ここで向き合うのとでは、まるで違う。


 ――これは、知っている魔物だ。

 そして、知っているからこそ、怖い。


「ヴェインパペットは、鋭い五感を持ち、とても素早く動く。そして、鋭利な牙と爪で確実に相手を仕留めようとして来る」


 トレーナーが解説した。


「こいつには上級の探索者でも苦戦するぞ。……アリサ、準備はいいか?」

「はい……お願いします」


 そして、檻が開かれた。


 ヴェインパペットは外に出てくるや否や、私の方に猛スピードで迫ってきた。

 

 ……速い!


 私の首元めがけて鋭い爪で攻撃してきた。なんとか回避行動を取り、ギリギリのところでかわす。

 避けた、というより、勝手に逃げた、という感覚だった。


 もし、ほんの少しでも判断が遅れていたら。

 そう考えた瞬間、背中に冷たいものが流れ落ちた。


<コメント>

・はええ

・コイツ厄介

・勝てるのこれ?笑

・アリサが死ぬに一票

・見応えありそう

・死んでも盛り上がるから安心しろ

・ヴェインパペットかなり強いからな


「……!」


 首元に手を当てると、液体の感覚。

 ……血だ。どうやら少しかすっていたらしい。今までよりはるかに強い敵だと、実感が湧く。


 痛みは、まだはっきりしない。

 熱と、じわりとした感覚だけが残っている。


 ヴェインパペットは警戒するようにこちらと距離をとった状態で、威嚇の鳴き声をあげた。


 今の一撃を避けていなかったら……。

 ……心臓の鼓動が早まる。


<コメント>

・うお

・ヤバかったなww

・血出てる

・もっと傷ついたところ見たい

・アリサ焦ってる?


 私は銃を構えて相手に撃ち込む。

 しかし、ヴェインパペットは左右に素早く動き回り、まるで弾が当たらない。


 弾切れを起こし、リロードをしようとしたその時、またこちらに突っ込んできた。

 こっちの隙を的確に理解しているみたいだ。


 爪による斬撃を何度も仕掛けられる。

 精一杯かわしたり、銃で受け止めたりするが、すべてを処理はできない……!


「ぐっ……」


 気づいたら、左腕が傷まみれになっていた。血が滴り落ちている。


 ヴェインパペットはいったん攻撃をやめ、再び距離を取った。


 そして相手は犬のように四つん這いになり、地面のにおいを嗅ぎ始めた。そこには血痕があった。私の血だ。

 血のにおいを嗅いだヴェインパペットは、興奮したように叫びはじめた。


「悪趣味だね……人のこと言えないけど」


<コメント>

・ヤバイやつだ

・アリサの血ぺろぺろ

・おまいう

・血もっと見せろ

・アリサピンチか〜〜???


 私は、血まみれになった左腕を振って、ヴェインパペットの方に血を振りかけてやった。


 血を浴びた敵は、なおいっそう興奮したように叫んだ。


「ほら、血だよ」


 ヴェインパペットと、視聴者に向けて言った。

 血を見た両者は大喜びしている。


<コメント>

・血wwww

・痛そうwww

・貧血なるぞ笑

・こいつヤバwww

・えぐいけど見ちゃう……


 こんなので撮れ高になるなら安いもんだ。


 その間に私は、回復弾を生成して装填し、左腕に向けて撃った。

 緑色の光に包まれ、傷が癒えていく。


 だけど、状況は何も好転していない。


 私はその後も、ヴェインパペットの猛攻をやり過ごしながらなんとか反撃を試みた。

 でも、こちらの弾丸は当たらず、体力を消耗していくばかりだった。


 何分経ったのか、分からない。

 ただ、息が確実に重くなっているのは分かる。


 撃つ。外れる。

 避ける。掠る。

 回復弾を撃つたびに、体内の魔素が削られていく感覚があった。


 視聴者は盛り上がっている。

 コメント欄は、期待と嘲笑が入り混じって流れていく。


 でも、私はだんだん分かってきていた。

 このまま続けば、負ける。

 一気に殺されるんじゃない。

 少しずつ、確実に、削り殺される。


「うっ……」


 また腕を切り刻まれた……これで何度目だろう……。

 私は隙を見て回復弾で治癒するものの、体内の魔素と血液の消耗が激しい。

 このままだと、じわじわと切り刻まれていくことになるだろう。


 さらに攻撃を受ける。今度は足を切られた。痛みで動きが鈍る。

 動きが鈍ったところをさらに攻撃してくる。

 私はなんとか逃げ回る。


「……! しまった!」


 気が付くと、私は壁際にいた。しかも岩壁の少しくぼんだ場所に入っており、追い詰められた格好だ。


 退路がない。避ける方向も、距離も、もう選べない。


 この位置で死んだら、どう映るだろう。

 壁に押し付けられて、引き裂かれて。


 そんな映像が、頭の中で一瞬だけ完成してしまった。


 トレーナーの方を見る余裕はなかった。でも、助けが来ないことだけは、はっきり分かった。


<コメント>

・終わりか……!?

・やばい逃げろ

・そのまま死んで

・アリサざっこwww

・見ごたえあるね……


 一瞬、ヴェインパペットと目が合った気がした。


 すぐに敵がこちらに突っ込んできた。まずい、避けるスペースがない……!


 と思いきや、ヴェインパペットは急に立ち止まった。

 そして警戒する様に私から距離を取った。


 ……これは、手負いの獲物が捨て身で反撃してくるのを警戒したのだろうか?


 いや待て。

 

 よく見ると、違う……今までの動きと、どこか違う。

 さっきまで、あれほど迷いなく襲ってきたのに。


 距離を取っている。様子を窺っている。


 ――怖がっている?


 座学で聞いた言葉が、遅れて浮かぶ。

 鋭い五感。


 視覚か。

 嗅覚か。

 それとも――熱。


 そこで、私は気づいた。壁に備えられた松明の存在に。

 そうだ……松明だ!


 私は松明を見つめた。メラメラと炎が燃え上がり、顔に熱が来る。


 敵は、この炎を嫌ったに違いない。

 ヴェインパペットはとても鋭い五感を持つ。

 つまりやつらにとっては、炎の光と熱はあまりにも刺激が強いんだ……!


 私は松明を手に取り、ヴェインパペットに近づいてみる。


 すると、予想通り、相手は嫌そうに後ろに下がっていく。


 これなら行ける。


 私は遠くで見守っていたトレーナーの方をチラリと見た。

 彼はニヤリと笑っていた。「ついに気づいたか」と言わんばかりだ。

 トレーナーめ、この鍛錬のために、あえて座学の時にヴェインパペットの弱点を教えなかったな……?


 そこからは、そう難しくなかった。

 私は壁の松明をいくつも手に取り、床に放り投げて、敵を追い詰める。まるで追い込み漁だ。


 いよいよ周囲を松明と壁に囲まれて、ヴェインパペットは動けなくなった。先ほどまでの威勢はどこへやら、今はビクビクと怯えている。


 私は魔素を大量に込めた弾丸を何発も生成して、ゆっくりと装填する。

 そして、動けない敵に向かって全弾を放った。

 すべて命中した。ヴェインパペットは、血まみれでぐったりと床に倒れ込んだ。


 勝った。

 そう思った瞬間、力が抜けた。

 手が、わずかに震えている。


 遅れて、痛みが一気に押し寄せてきた。腕も、脚も、まともに感覚がない。


 コメント欄を見るのが、少しだけ怖かった。

 でも、見ないわけにもいかなかった。


<コメント>

・勝った!?

・すげええええ

・やるじゃん!!

・絶対死ぬと思った

・アリサもしかして強い?

・動き良くなってる

・おめでとう!!


「よくやった、アリサ」


 トレーナーが拍手をしながら近づいてきた。


「火が弱点だったんですね……座学では教わりませんでしたけど……」

「先に教えてしまっていたら、鍛錬にならないからな。しかし、君は自分で気づくことができた。そういう観察眼も、探索者には必要だろう?」

「それはそうですね……」


 こうして、今日の戦闘訓練は終わった。


 訓練区画を出て、着替えながら、私は自分の腕を見下ろした。

 血はもう止まっている。回復弾の効果は確かだった。


 でも、さっきまでそこにあった痛みの記憶は、消えていなかった。


 怖かった。

 本当に、死ぬと思った。


 なのに――。


 思い返してみると、あの瞬間、頭のどこかで「どう映るか」を考えていた自分がいる。


 壁に追い詰められて、松明の光に照らされて、血を流しながら立っている自分の姿を。


 それを、誰かが見ている前提で。


 勝てたのは、運もある。弱点に気づけたのも、たまたまだ。


 でも、あの状況で、カメラを意識できていたことだけは、偶然じゃない。


 私はもう、「死ぬかもしれない」だけでは止まれなくなっている。

 それが少し、誇らしくて。


 同時に、ほんの少しだけ――

 安心してしまった自分がいた。

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