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その配信は【閲覧注意】~ダンジョン死亡配信録~  作者: にとはるいち
第一部

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第20話 ゴースト

「さて、今日相手にするのは、ゴーストだ」


 訓練用エリアでトレーナーが言う。

 ゴースト? 聞いたことはあったけど、座学でも扱われなかった魔物だ。


「どんな魔物なんですか?」

「そうだな、一つだけ教えると、精神攻撃をしてくるということだ」

「……なるほど」


 どうやら、今回の訓練は、精神面に対する鍛錬のようだ。

 果たして私のような普通の女子大生が、そんなメンタル勝負で勝てるのだろうか、と少し不安になる。


 エリアの奥には、微光を放つ檻の中にゴーストが捉えられていた。


 見た目としては……古典的な幽霊と表現するしかない。

 まるで薄いシーツを被った人間が、宙に浮いているようにさえ見える。


「どうして檻が光ってるんです?」

「あれは魔素を含んだ特殊な金属でできた檻だからな。そうしないと、ゴーストがすり抜けてしまう」

「そういうことですか……」


 と言って、普通の檻をすり抜けてしまうなら、物理攻撃は効かないのだろうかと懸念する。


「それでは始める。準備できてるな?」

「はい」


 トレーナーが手元のスイッチを押すと、扉が開くわけではなく、檻の光が消えた。

 すると、中のゴーストが檻をすり抜けてすうっと外に出てきた。なるほど、こういう感じか……。


<コメント>

・ゴーストきた!

・出会ったことないけど強いの?

・アリサが勝つに一票

・こんなんどっから捕まえたんだよ

・攻撃効かなそう

・メンタル勝負か、見どころあるの?

・ゴーストは探索者の幽霊って説マジ?


 ゴーストはフワフワと浮きながら、こっちに近づいてきた。

 動きはそれほど速くない。

 私はゴーストめがけて発砲してみる。


 しかし、弾丸はゴーストをすり抜けて向こうの壁に当たってしまった。


「……やっぱりそうなるか」


 ゴーストは撃たれたことなど意にも介さず、さらに近づいてくる。

 私は距離を取る。

 大丈夫だ。こちらの移動速度のほうが速いから、距離を詰められることはない。


 私は、さっきよりも大量の魔素を込めた弾を生成した。

 素早く装填し、弾丸を放つ。


 しかし、先ほどと同じように弾はゴーストの体をすり抜けてしまった。


「えーっと、どうしようかなこれ……」


<コメント>

・ダメじゃんwww

・どうやって倒すの

・殴れ

・話し合いで解決しよう

・【悲報】アリサ、打つ手なし

・魔素足りてないんじゃないの

・ゴーストの攻撃喰らってみて


 私は困り果てる。果たしてどうやってダメージを与えようか。


 しかし、相手も相手で、これといった攻撃動作もしてこない。とにかくゆっくりと距離を詰めようとしてくるだけだ。


 しばらく、鬼ごっこのようなこう着状態が続いた。


 しかし、ここで、違和感に気づいた。


 ()()だ。


 まるで、お香のような匂いが周囲に漂っている。

 なんだこの匂いは、と思った瞬間、私の体に、するどい感覚が走った。


 恐怖だ。

 

 何か恐ろしいものを見たりしたわけではない。恐怖という感情そのものが襲ってきたとしか、表現できない。


 そうか、これがゴーストの能力か……!


 私はゴーストと距離を取ろうとしたが、言いようのない恐怖で足がすくんでしまい、その場でこけてしまった。


「ま、まずい……」


 ゴーストが近づいてくる。匂いが強まる。恐怖がより強固になる。


「アリサ」


 横から声をかけられた。そこには、ルーシーが立っていた。


「ルーシー……」


<コメント>

・こけてて草

・なんで動かないの

・ルーシー???

・誰かと話してる?

・誰かいる?

・ルーシーは死んだじゃんよ

・ルーシーの幻影?


 視聴者には見えていないようだ……。

 つまり、これは幻覚だ。きっとこれもゴーストの能力に違いない。


 幻覚だと分かっていても、本物にしか見えない……。


「ねえアリサ、私を助けられなかったの?」


 助けたかった。


「ダンジョンは自由。でも私、アリサとずっと一緒にいたかった……」


 ルーシーの口元から、おびただしい量の血が流れ出す。


 あの日と同じだ。


 怖い。


 ルーシーを助けられなかった事実を突きつけられて、その場で動けなくなる。


 ゴーストが、私の目の前まで迫っていた。

 そして、真っ白な顔面が大きく裂けて、巨大な口が現れた。中は真っ赤で、大量の鋭い歯が不揃いに生えている。

 口が大きく開き、私を食おうとしている。


 私死ぬの……?


 恐怖がさらに高まる。

 手に汗がにじむ。

 鼓動が早まる。


 だめだ、一歩も動けない……。

 目線しか動かせない。


<コメント>

・えマジ!?

・動けアリサ

・なに止まってんだ

・ヤバいヤバいヤバい

・アリサ死ぬの笑?

・ゴーストえぐい

・おおお?


 ゴーストの口が、目前に迫ってきている。

 血まみれのルーシーが、こちらを見ている。


 ああ、ダメだ……。

 このまま私、死んじゃうんだ……。


<コメント>

・死ぬぞ!!!

・はい死んだーwwww

・うわああああああ

・トレーナー止めないの?

・アリサ終わりか!?

・マジかこれ

・死ね死ね死ね死ね死ね

・記念カキコ

・死ねば伝説になれるぞ

・動けよカス

・炎上系配信者の末路やな笑

・食われる

・ゴースト怖すぎ

・なんで動かないの

・ゴーストは恐怖を利用できる

・……バズるよ


 こんな状況なのに、コメント欄が目についた。

 すごい勢いでコメントが流れている。

 大盛り上がりだ。


 私の中に、何かがドクンと流れ込んだ。


 それは、興奮だ。


 死にそうなのに……いや、死にそうだからこそ、興奮する。


 だって、死ぬギリギリの瞬間こそ、盛り上がるんだから。


 ふと視聴者数の欄を見ると、同接は7万人を超えていた。

 すごい…こんなにもたくさんの人が見てくれているなんて。


 ……恐怖が、熱狂に上書きされていく。


 気がつけば私は、笑っていた。


 死の恐怖より、死に近づく興奮が勝ってしまった。


 ゴーストは今まさに私の頭部を丸ごと齧ろうとしていた。


 でも、もう怖くない。

 右腕が動いた。


 銃口をゴーストの口の中に突っ込む

 一瞬、ゴーストは焦ったような様子を見せた。

 捕食する時は実体化しなくてはいけないみたいだ。


「そこが弱点なんだね」


 私は弾丸を一発放った。それで十分だった。


 ゴーストの後頭部から血が吹き出し、敵は地面に落ちた。そして、死骸が煙のように消えた。


 ……勝ってしまった。


「よくゴーストの恐怖を克服したな、アリサ。おめでとう」


 トレーナーがこちらに来て言った。


「はい、なんとか……。視聴者の、おかげです」

「なるほど、まあ……君らしい戦い方だな。悪くない」


 こうして、今日の鍛錬は終わった。


 でもまだ、心臓の鼓動が早まっているのを感じる。

 あの時、ゴーストに喰われると思った時の恐怖。それを上回る興奮……

 死に直面して、私の中で何かが「かみ合ってしまった」ように感じた。


 死にそうな私。

 それを捉えるカメラ。

 盛り上がる視聴者。

 さらにその様子を客観視する私。


 恐怖に勝ったんじゃない。

 恐怖を、使っただけだ。


 死にかけた瞬間、数字が跳ねた。


 視聴者が増え、コメントが荒れ、空気が、熱を持った。


 ああ――

 これが、正解なんだ。


 私は、死に近づいたときが、一番うまく動ける。

 その事実を、もう否定しなかった。


 前は、死にそうになると、手が震えた。


 今日は、死にそうになると、笑っていた。


 どちらが成長なのかは、分からない。

 でも、戻れない一線を越えた感触だけは、はっきりと残っていた。

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