第17話 特訓開始
私は、探索者として特訓をすることにした。
正直に言えば、探索者として強くなりたいわけじゃない。
命がけの戦いに、誇りやロマンを見出しているわけでもない。
ただ――撮りたい。
人が死にかける、その瞬間を。
生と死の境目は、いつも一瞬で通り過ぎてしまう。
カメラを構えている側が弱ければ、その一瞬に立ち会うことすらできない。
だから私は、強くなる必要があった。
生き残るためじゃない。
「映す側」であり続けるために。
ダンジョン第二層、Bブロックには、探索者を訓練するためのスクールがある。
私は迷わず受講生として登録した。受講料は決して安くないけど、これも探索者としての実力を高めて、より良い配信を実現するためだ。
スクールの内部は、思っていたよりも現実的だった。
血と泥にまみれた戦場を想像していたけど、実際には訓練用の区画が整理され、壁には注意書きや戦術図が貼られている。
周囲には、私と同じ受講生らしき人たちが何人もいた。
重そうな大剣を背負った男。
防具に身を包んだ女性。
明らかに慣れていない動きの初心者もいれば、すでに何度もダンジョンに潜っていそうな者もいる。
彼らは皆、「生き残るため」にここに来ている。
私だけが、目的を少し――いや、だいぶ間違えている気がした。
「君は配信者なんだって? 目的はなんだ? やっぱり強くなりたいのか?」
スクールに加入した当日、筋肉質な男性トレーナーがニコニコとした笑顔で私に聞いてきた。
トレーナーは、見るからに探索者然とした男だった。
鍛え抜かれた体つきで、無駄な肉は一切ない。
それなのに、表情は妙に柔らかく、どこか人の良さそうな雰囲気がある。
この人はきっと、何人もの探索者が死ぬのを見てきたんだろう。
それでもなお、笑顔で新人を迎えられるだけの、割り切り方を身につけている。
「違います。撮りたいんです……死ぬギリギリの瞬間を。私が先に死んじゃったら、映りませんから」
「えっと……なるほどな……」
トレーナーは困惑した表情になった。
何かおかしなことを言ってしまっただろうか。
「じゃあ、つまり……撮影を補強するための強さが欲しい、といったところか?」
「まあ、そうですね」
こうして、私の特訓が始まった。
初日は座学と基礎的な訓練だった。
魔素の扱いや、ダンジョンの基本構造について学び、その後、実際に弱い魔物たちと戦って、トレーナーが私の戦い方に対して指摘をする。
「君の武器は拳銃で、探索者としてはかなり恵まれている方だ。だが、やはり近接戦闘になると優位性が無くなるから、そこが課題だな」
「近寄られると、戦いづらいとは思いますね」
「格闘術のカリキュラムも加えよう。それと、君は敵をじっくりと狙って撃つとき、無防備になりがちだ。まるで攻撃を食らうことを恐れていないかのようだ」
無防備。
その言葉に、私は少しだけ考え込んだ。
確かに、攻撃を食らうことへの恐怖は薄いかもしれない。
痛みよりも、恐れているのは「何も起こらないこと」だ。
銃を構えている間、もし敵が飛びかかってきたら――
その瞬間は、きっと映える。
そう考えてしまう自分に、ブレーキをかけられなくなっている。
「私が傷ついたら、撮れ高になりますかね?」
「……それは、私の専門外だ。……とにかく、もう少し周囲に注意を払った方がいい」
「はい。ところで、格闘術というのは対人を想定したものもありますか?」
「一応ある。ダンジョン内の危険は、魔物だけではないからな……」
「それも、カリキュラムに追加しておいてほしいです」
「いいだろう……君がどういう事態を想定しているかについては、聞かないでおく」
「……助かります」
私の配信は、人間が取材対象だ。それは時に多くの人から反感を貰うこともある。いわゆるアンチというやつだ。
法が適用されないダンジョン内なら、悪質なアンチが私を襲撃して暴行を加えたところで、法的には何のお咎めもない。
……それはそれで取れ高になりそうだけど、うっかり死んだら配信が出来なくなる。警戒はすべきだろう。
それに、ヤヤコのように突っかかってくる他の配信者だっているかもしれない。
だから、対人戦闘の技術を磨いておいて損はないと思った。
そんな感じで、初日の特訓は終わった。
特訓は、正直きつかった。
筋肉は悲鳴を上げ、体のあちこちが痛む。
それでも、頭の中ではずっと考えていた。
――この光景を、どう撮るか。
――どこを切り抜けば、視聴者が食いつくか。
私にとって、ここは訓練場である前に、撮影現場だった。
特訓終わりに、私はトレーナーにあることをお願いしてみた。
「あの、明日以降は特訓の様子を撮影してもいいですか? 配信で、視聴者に見せてあげたいんです」
「そうか、かまわないぞ」
「ありがとうございます。でも意外ですね、正直、断られるかと思ってました」
「ははは、スクールの宣伝になりそうだからな」
トレーナーは笑って言った。はたして、私の配信の視聴者層に、スクールを利用する潜在的な顧客はいるのだろうか……まあいいけど。
とにかく、これで特訓中も配信活動を止めずに済みそうだ。
◆◆◆
スクールを出て、更衣スペースへ向かう廊下を歩いていると、少し先の方から、ひそひそとした声が聞こえてきた。
「……あの人じゃない?」
「え?」
「ほら、ダンジョン配信の……」
「ああ、アリサっていう……」
足を止めるほど大きな声じゃない。
でも、私の耳にははっきり届いた。
「友達が死ぬところを配信したって……」
「マジで? よく平気でここに来れるよな」
「倫理観どうなってんだか……」
やっぱり、知っている人は知っている。
私のことを。
気づかないふりをして歩き続けようとした、そのとき。
「……でもさ」
ひとり、少しだけ声の調子が違う人がいた。
「実力、あると思うけどな」
「は?」
「今日の基礎訓練、見てた? 撃ち方、きれいだったし」
「いやいや、配信者だろ?」
「配信者でも探索者だろ。ここに来てるってことは」
一瞬、会話が止まる。
「……それに、死ぬ瞬間を撮るって、簡単じゃないと思う」
「……なにそれ、擁護?」
「別に。ただ、俺は嫌いじゃない」
私は、振り返らなかった。
でも、その言葉だけは、妙に胸に残った。
誰かに理解されたいわけじゃない。
擁護なんて、どうでもいい。
それでも――
遠くから投げられたその一言は、ノイズみたいに、頭の片隅に引っかかったままだった。
ここには、私を嫌悪する人間もいる。
でも、同時に、ただ「同業者」「受講生」として見る人間もいるらしい。
……それは、少しだけ想定外だった。
私は何も言わず、歩き出す。
背後で、誰かの視線を感じた気がしたけど、確かめはしなかった。
どうせ、撮る側と撮られる側。
その距離が縮まることは、きっとない。




