表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その配信は【閲覧注意】~ダンジョン死亡配信録~  作者: にとはるいち
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/91

第16話 墓参り

 ヤヤコとの遭遇の翌日、私はある場所に来ていた。

 ダンジョンではない。ルーシーの墓だ。


 昨日まで、あれほどダンジョンの空気に身を浸していたのに、ここは驚くほど静かだった。悲鳴も、金属音も、魔物の咆哮もない。

 ただ、風が墓地を撫でる音と、遠くで鳥が鳴く声がするだけだ。


 葬式での一件もあり、なんとなく気まずかった私は、これまでルーシーの墓参りを避けていた。

 理由を言葉にするなら、「会うのが怖かった」のだと思う。墓石の前に立ってしまえば、彼女の死を、否応なく現実として受け入れなければならないから。


 墓地の奥へ進むと、「沢尻家之墓」と刻まれた墓石を見つけた。ここだ。

 ここに、ルーシーが眠っている。……正確には、ルーシーだけじゃない。彼女の先祖たちも眠っているはずだけど、今の私には、そこにルーシーしか見えなかった。


 墓前には、すでに花が供えられていた。菊や百合、カーネーション。どれも手入れが行き届いていて、枯れかけてはいない。つい最近まで、誰かがここに来ていたのだろう。


 ――たぶん、母親だ。


 葬式の時の、あの人の顔が脳裏をよぎる。怒りと悲しみと、どうしようもない感情が混ざり合った表情。あの人は間違いなく、ルーシーを愛していた。愛していたからこそ、私を許せなかったのだと思う。


 でも、愛していることと、理解できることは、きっと別だ。

 ルーシーは、生前からずっと理解されなかった。その自由さも、死生観も、きっと家族にさえ、正しく伝わってはいなかった。


 私はリュックから、近所の公園で摘んできたタンポポを取り出した。花屋で花を買う気には、どうしてもなれなかった。


 タンポポは、雑草だ。誰かに選ばれて植えられたわけでもなく、勝手に根付き、勝手に咲く。

 私はそれを、既にある花束の横にそっと置いた。


 ルーシーは、タンポポが好きだと言っていた。


 その理由を、私は今でも覚えている。


 ――綿毛になって、どこに飛んでいくか分からないのがいい。

 ――誰にも縛られないでしょ。


 ふと、タンポポの花言葉を思い出した。

 「神託」と「別離」。


 どうして、こんなことを知っていたのかは覚えていない。中学か高校の頃、図書館でたまたま借りた植物百科の本に書いてあっただけの、取るに足らない知識だ。


 私は、花言葉なんて信じていない。

 占いやジンクスの類も、基本的には馬鹿らしいと思っている。


 それでも。


 どうして今、その言葉が頭に浮かんでしまったのだろう。


 ルーシーは、いつも神託みたいなことばかり言っていた。意味があるのかないのか分からない言葉を残して、私の心にだけ引っかかりを作っていく。

 そして、最後に残したのは、完全な別離だった。


 偶然だ。そう言い聞かせようとしても、胸の奥がざわつく。

 まるで、最初から決まっていたみたいじゃないか。


 私は墓石に手を伸ばし、指先でその冷たい表面をなぞった。

 石は、ダンジョンの岩壁とは違って、きれいに磨かれている。ここが「安全な場所」だということを、無言で主張しているみたいだった。


 ダンジョンの静けさは、次に起こる惨事の予兆のような沈黙だ。

 でも、この場所の静けさは、すべてが終わった後の静けさだった。


 ここに来ると、立ち止まってしまう。

 立ち止まると、考えてしまう。

 考えると、迷いが生まれる。


 私は、もう迷うことを許されない。


 高校二年生の春、学校の花壇で水やりをしていた日のことを思い出す。

 私が初めてルーシーと出会った日のことだ。


 私は当時、花に興味なんてなかった。ただ、「普通」で「優良」な学生を演じるために、水をやっていただけだ。

 友達がいなかった私は、少しでも「普通ポイント」を稼いで、普通でいることが、生き残るための最善策だと思っていた。


 そこに現れたのが、ルーシーだった。


「何してるの?」


 水やりをしていると、急に後ろから話しかけられた。そこには、銀髪の女子が立っていた。

 沢尻ルーシー。

 校内でも有名な美少女で、名前と見た目だけなら私も知っていた。


「何って、花に水をやってるの。それ以外にどう見えるの?」

「心は水をあげてない」

「……? なに言ってるの?」

「花に興味なさそう」


 本心を当てられた私は少し警戒した。

 

――心は水をあげてない


 初対面で、そんなことを平然と言う変わった子。

 でも、彼女の目は、私の内側を正確に見抜いていた。


「あなた、沢尻さんだよね、私に何か用なの?」

「あなたがすごく退屈そうだから、興味がわいたの」

「変なの……それで、私を見て面白い?」

「面白くなさそうなところが、面白い」

「あ、そう……」


 ルーシーの言葉はフワフワとしていて、どうにも捉えどころがなかった。でも不思議と、嫌ではなかった。

 その後も私が水やりをする様子を見つめるので、気まずくなった私はこちらから話しかけた。


「沢尻さんは、花、好きなの?」

「好きなのもあるよ」

「この中には?」


 私は花壇を指さした。


「これ」


 そう言ってルーシーが指さしたのは、花壇の隅っこに生えていたへなへなのタンポポだった。

 誰かが植えたものではなく、自然と根付いたもので、雑草とあまり変わりはない。


「……それなんだ」

「うん、きれいだと思う」

「もうへなへなだよ」

「水をあげれば、元気になるでしょ?」


 そう言って私の方を見つめてきた。ルーシーの眼差しには、相手に「ノー」と言わせないような不思議な魅力があった。


「はいはい……」


 私はそう言いながら、タンポポに水をあげる。


「タンポポの何がいいの?」

「綿毛になって散っていくのが、儚くていいと思う」

「ふーん」

「たとえ花が死んでも、綿毛がどこかに根付いて、またいずれ花を咲かせるの」

「なんか、詩的だね」

「それにこのタンポポは、誰かに植えられたものじゃないでしょ。この花壇の中で、一番自由な花だよ。だから、なおさら綺麗だと思う」

「そういうものなんだ」

「私もこんなふうに、綺麗に死にたい」

「変なの……」


 そう言って、私は水を止めた。これ以上、水をあげすぎるのもよくないだろう。


「ねえ、名前なんていうの」

「……巳継みつぎアリサ」

「友達になってもいい?」

「えっ……。まあ……いいけど」


 急なお願いに、私は困惑した。でも、不思議と嫌じゃなかった。

 なぜだか分からないけど、彼女と友達になったら、他では決して見られない光景を見ることができそうな気がした。

 それに、彼女なら、「普通」でいようとする私に「普通じゃなくてもいい」と言ってくれそうな気がした。


「じゃあよろしくね、アリサ。私のことは、ルーシーでいいよ」

「えっと……よろしく、ルーシー」


 私は少し恥ずかしくて、目を背けながら言った。

 その日から、ルーシーと私は友達になった。


 墓に供えたタンポポを見ていると、そんな思い出が蘇ってきた。


 花壇の隅に咲く、へなへなのタンポポを指して、「この花が一番自由だよ」と言った彼女の顔を、私は忘れられない。


 ――私も、こんなふうに綺麗に死にたい。


 あの時は、変な冗談だと思った。

 でも今なら分かる。


 ルーシーは、最初から最後まで、自分の言葉どおりに生きたのだ。


 墓前に供えたタンポポを見ると、風に揺れて、綿毛が一つ、ふわりと飛び立った。

 どこへ行くのかは分からない。

 でも、飛ばなければ、次の花は咲かない。


 ルーシー、私、あなたの言葉を証明してみせるよ。

 探索者として、配信者として、もっと実力をつける。


 私が天国のルーシーに会えるとは思えないけど、それでもルーシーのためなら頑張れる。


「ルーシー、もっとすごい配信……見せてあげるからね」


 ひゅう、と冷たい風が吹いた。

 彼女が返事をしたような気がして、私は一瞬だけ目を閉じた。



 もうこの場所には来ないかもしれない。直感的にそう思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ