第九十一話
目前の空気が歪んで酸素が薄くなった次には、翼を大きく羽ばたかせた白馬が、突風と共に現れてライネリカを背に庇う。
四つ足が床につくが、彼の上体はそのまま傾ぎ、カーペットに倒れ込んだ。
「フィーさま……!」
打ち据えるかのごとく痛む頭を振り、ライネリカは突如現れたフィーガスの首元を支える。
言葉も紡げないほど呼吸を乱す彼の、四肢を覆う馬具から、シガリア鉱物が次々と音を立てて砕け散った。
これはフィーガスが人間の世界に滞在する為に作られた、特注品だ。壊れるということは、それだけ強い異国の力を使ったという事なのだろうか。
真っ青な顔で白馬を抱きしめるライネリカの耳に、廊下から漏れ聞こえる足音が届く。
「…………なんでだよ、ライネリカ。……なんで、今更、……!」
その足音に被さって、第二王子の声が空気を振動させた。
「なんで今更、生きようだなんて言う……!? お前は死んで、次の国母になるために生まれてきたんじゃねーのかよ……!! エイロス国はどうなる? 住まう人々は? 俺たち家族は? なんで今になって、王家の矜持を捨てて裏切るんだよ……!」
緩慢な動作で立ち上がる第二王子が、片足を引きずりながら近寄ってくる。フィーガスが咆哮を上げて立ち上がろうとするのを、ライネリカは両手を広げて、二人の間に割って入った。
数歩先で第二王子が立ち止まる。
憤怒の形相で対峙する彼に、普段の不器用で優しい面影はない。
エイロス国の人間として、国を繁栄し、長らく続く栄光を確立させてきたベルジャミン家の人間として、彼の言うことは恐らく正義だ。
シガリアの思考を血液から受け継ぐ彼に、ライネリカの生きる希望は、不要なのだ。
──それが本心であるのなら、ライネリカも話し合いを望んだ、かも、しれない。
「…………王族の矜持だなんて、あなたに言われたくない」
声が震えても、涙は溢れなかった。
「あなたが欲しいのは、っわたしが死ぬことで守られる、シガリア鉱山でしょう!? わたしの命は、あなたの知的欲求に搾取される為に、お父さまとお母さまから授かったものじゃない……!!」
喉が焼けるように痛い。頭も脳天から砕かれるように痛い。肢体は千切れそうな感覚がして、心臓が鼓動を止める最後のように血を巡らす。
どうして、なのだろう。
どうやったら生きていることを、認めてもらえるのだろう。
どうやったら生きていることを、喜んでもらえるのだろう。
どうやったら、どうしたら、どうして、どうして。
どうして?
「そこまで分かってんなら、潔く国の為に死ねよ、人間のふりした化け物が……!!」
何かが爆ぜる、音がした。
「どうしてなの、エイロス……!!」
Την επόμενη φορά που θα ξυπνήσεις




