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第九十話




 晩餐会は滞りなく進み、国王や王妃も大会場に戻ってきて、二時間。

 ライネリカはアスターと、そして途中から合流したラジレイシアと共に行動しつつ、他国との交流に勤しんでいた。

 将来的にエイロス国を滅ぼす選択をしたとはいえ、第二王女としての役割はこなさねばならない。常にフィーガスや『騎士』が傍にいる安心もあり、ライネリカは必要以上の緊張もなく過ごしていた、はずだった。

 成人して幾許(いくばく)もなく、社交経験の浅いライネリカは、自分でも気がつかないうちに疲れが出てきたらしい。

 休憩用のソファーに腰を下ろすと、どっと疲労が押し寄せて、隣に座ったフィーガスに寄りかかった。


「大丈夫か、レディ」

「……大丈夫ですわ、一応……」


 美しい音楽や、目を奪う食事に合わせ、会話に花を咲かせる人々を暫し眺める。視線を巡らせるとすぐ側にある柱の影に、リンドウとバラが控えていた。

 ドレスの上に投げ出していた片手に、フィーガスの片手が触れる。手の平を上向かせれば、緩やかに握り込まれ、それに応えようと指を絡ませた。

 低めの体温が、衣服を通して伝わってくる。胸に灯る感情が安堵だと思えば、張り詰めていた気がゆっくりと抜けていくようだった。

 大国に来てから、周囲を警戒してばかりだった。今この瞬間だけは、安心できる錯覚がしてしまう。

 ライネリカが表情の強張りを緩めた刹那、会場の奥からこちらを見つめる人物を目に留め、呼吸を止めた。


「…………え?」


 掠れた声が漏れ、立ち上がる。なぜ? という疑問が膨らんで脳を埋め尽くす。

 正装に身を包んだエイロス国第二王子が、ただ、真っ直ぐにライネリカを見つめているのが、見えるのだ。

 シスボイリー内は警備が強化され、第二王子を捕らえる包囲網が展開されている。それなのに彼は、周囲の誰にも不審がられず、ライネリカを見つめていた。

 こんな警備の厳しい場所に、素顔を晒したまま入り込めるはずがない。

 

「どうした?」


 硬直した耳に、フィーガスの訝しげな声が入ってくる。しかし、あまりに状況が不明で混乱し、返答が出来なかった。

 ライネリカが一つ瞬くと、第二王子が踵を返して、会場の外に足早に立ち去っていく。

 行ってはならないと、頭のどこかで何かが警告する。呼吸が浅くなり、その警告を理解する思考回路を塗りつぶしていく。

 何かが爆ぜる音が、聴覚を覆う。

 追いかけろと誰かが叫ぶ。

 

 どうしてと絶叫する声に、耳を塞げなかった。


「ライネリカ!?」

「姫様、ダメです戻って! 姫様!!」


 走り出したライネリカの後方で、驚愕に叫んだフィーガスと、リンドウの悲鳴が追いかけてくる。

 ライネリカの両足は前へ前へ、自身を止めようとする何かを押し除けていく。

 騒々しくなった会場内を抜けて、回廊に飛び出したライネリカは、視界の端を移動する人影を捕まえドレスを翻した。


 



 警備兵が行く手を阻むが、小柄な体で退けて、宮殿内をひたすら追いかける。

 なぜ一人で飛び出してきたのか、理由も分からない。

 それでも頭の中が掻き回される不快感に、どうしようもない叫び声を上げてしまいそうだった。

 もはや何処を走ったかも分からない場所で、ライネリカは影を見失う。周囲を見渡しても、全く見覚えのない場所だ。思考回路がまとまらず、危険なのか、杞憂なのかも分からない。

 肩で息をしながら振り返った瞬間、横から伸びてきた両腕に捉えられ、近くの部屋に引きずり込まれた。


「っ、痛!」

「よく追ってきたな、根性あるじゃねーか!」


 同じく息を切らしている第二王子が、窓から注ぐ月明かりを背に、ライネリカを扉に押し付ける。

 強く肩を掴まれた痛みに呻きつつ、ライネリカは激情に表情を歪ませて、目の前にいる男を睨みつけた。


「どうして、っどうして平然とここにいるの、第二王子殿下!!」


 叩きつけるに似た糾弾に、第二王子が眉根を寄せる。


「んなこと、どうでもいいんだよ! お前こそ、何を平然としてるんだよ!? いつからだ裏切り者が、エイロス国を滅ぼそうだなんて、ふざけたこと言いやがって……!」


 顔面蒼白ながらも血走った目で言い返す第二王子に、ライネリカは息を詰めて視線を揺らす。


「ラバルに聞いたぞ、エイロスを滅ぼすってどういうことだ、お前は何を企んでいる!?」

「わ、わたしは、っ死にたくないからよ!!」


 両手で第二王子の腕を掴み返し、頭に浮かぶまま感情を叫んだ。


「わたしは死にたくない! 生きるために戦うの、そのために()()()()()()()()()()()いけないの!! 生まれた時から未来を約束されているあなたが、わたしの邪魔をしないで!!」


 視線の先で表情に嫌悪が滲む。

 ライネリカの双眸には、第二王子の姿が何者かに重なって見えた。よく似た顔でいて、しかし着ている洋装は古めかしく、全体的に古い絵を見ているような、色褪せた男だ。

 第二王子は何も言葉を発していないのに、色褪せた男が何かを訴える。

 頭が割れるほど痛む。吐き気が胃の内容物を押し上げる。

 ライネリカは慟哭のような悲鳴を上げた。


「ライネリカ……!?」

 

 彼がライネリカの肩を離した瞬間、空間に高い破裂音が木霊したかと思えば、第二王子の体が部屋の奥まで吹き飛ばされた。

 

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