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第八十八話





 ◇ ◇ ◇



 フィーガスの用意したライネリカのドレスは、布地に描かれた模様が、波のように寄せては引いていく、美しい青色のドレスだった。

 胸元に揃いのシガリア鉱物を身につけ、両耳には宝石のイヤリング。フリルをあしらった裾から見える靴は、動きやすいよう踵が低めの、ガラスに似た透明な靴である。

 燕尾服を模した白い衣装に、布を巻いた正装のフィーガスの腕を取り会場に踏み入れると、周囲はさざめきが広がっていった。

 そこかしこで、こちらに対する評価を下す囁きが聞こえてくる。

 思わず足が引けたライネリカを、フィーガスが腕を引いて会場内の中央付近へ連れていった。

 

 今宵は、祝賀会の目玉である晩餐会だ。

 国王や王妃が一つの大きなテーブルを囲んで食事をする傍ら、他の来賓客には立食式の食事が振る舞われる。大国の名だたる音楽家たちが軒を連ねて音色を(かな)で、ダンスも行われるなど、大規模な社交場であった。

 眩い光に目を細めつつ、ライネリカは周囲を見渡して息をつく。

 初めにシスボイリー王から御令孫に祝辞があり、出席した国の紹介が終わった今、彼らは会食会場へと移っていた。大広間に残っているのは、王子や王女、そしてラジレイシアのような高位貴族のみになる。

 王座の付近では祝賀会の主役である子息が、変わるがわる訪れる来賓客と対峙していた。

 子息は笑みを浮かべているものの、顔色はすこぶる悪い。時折、誰かを探すように視線を彷徨わせ、次いで落胆し、片手に持つグラスを眺めていた。

 ライネリカは唇を噛み締め、見てみぬふりをする。

 勝手に抱いた罪悪感など、お門違いもいいところだろう。それでも心が落ち着かないのは、きっと自身の決意が足りないせいなのだ。


「まぁまぁ、あたくしのネリカ! なんて美しいのでしょう!」


 嫌な思考回路に引きずり込まれそうになった瞬間、興奮気味で華やかな声に意識を引き戻す。

 結い上げた髪を鮮やかな薔薇色のバレッタで纏め、裾にかけて広がるワインカラーのドレスを身につけたラジレイシアが、声音に引けを取らないほど瞳を輝かせていた。

 呆気に取られたライネリカが一瞬身を引いたのも逃さず、姉姫は華奢な体を抱きしめて一回転する。そして頬にキスを投げると、上機嫌でライネリカの顔を覗き込んだ。


「ああ、どうしましょう。美の女神(カリテス)もネリカの前では己を恥じらうほど美しいわ!」

「お、お姉さま、おち、落ち着いてくださいませ……!」


 手放しで褒め讃えるラジレイシアの通常運転に、ライネリカは顔を真っ赤にしながら、両手で彼女を押し返す。他国の王族貴族が大勢いるのだ。先ほどとは別の意味で、周囲の目が痛い。

 ラジレイシアは緩やかな動作で身を離すと、軽くフィーガスに頭を下げた。


「ご機嫌よう、閣下。ネリカの美しさを際立たせる、素晴らしいドレスですわ」

「ありがとう、君にそう言って貰えると嬉しく思う」


 やや苦笑混じりに肩を竦める彼と、片手で顔を仰ぐ妹姫に、ラジレイシアは扇で口元を隠しつつ囁く。


「我ら『騎士』が至る所から見ておりますわ、安心なさって」

「……ありがとうございますわ、お姉さま」

「あたくしのネリカの為ですもの、よくってよ」


 逃げ続けているラヒューレが、晩餐会の会場に姿を見せる事はないだろうが、注意するに越した事はない。大国側から捕縛したという連絡が来るまでは、気を抜けない状態なのだ。

 第三皇子の証言から、ラヒューレが、フィーガスが横流ししたシガリア鉱物の欠片を持っている可能性がある。

 採取した量を鑑みれば、本当に微々たる量だ。それでも人間が扱える代物ではないという。

 研究の際に全て使い切ってしまっていれば御の字だが、どうしても希望的観測の域を出なかった。

 リンドウとバラ、そしてキリノスは、招待客に含まれない為、会場内を縦横無尽には歩けない。そのため少し離れた場所で様子を窺っている。リュグザとアスターは会場内にいるが、何せかなりの広さがあるので、自然な合流まで時間を要するだろう。

 ラジレイシアは夫と来ていると聞いたが、ライネリカの側に来て大丈夫なのだろうか。

 

「お姉さま、デージル公爵さまは……」

「ああ、あのボンクラは心配しなくともいいのですわ。あたくしを会場までエスコートした後、どこかに消えましたし」


 良くはない、のではないだろうか。

 鼻を鳴らすラジレイシアに、ライネリカは片手を頬に当て、苦笑い混じりに微笑んだ。


「……あたくしの事より、ネリカ。まずはジャダル第三皇子殿下のご子息さまに、ご挨拶ですわよ」


 先ほどよりも声量を落として伝えられた内容に、小さく頷く。

 ライネリカは一連の騒動で、バラやラジレイシアの尽力により被害こそ受けなかったが、渦中の人間だ。当然、子息が快く思っているわけもない。

 晩餐会に参加した以上、祝辞もせずに会場へ留まるのは、他国の王族として礼を失する行為だ。

 後日開催されるガーデンパーティで、第三皇子妃に立ち向かう為にライネリカはこの会に参加している。身を挺して守護する『騎士』に誓って、主君である自分がここで怖じ気付くわけにはいかないのだ。

 フィーガスと顔を合わせて頷き合い、共に壇上を目指す。

 周囲の目が、見世物だと言わんばかりに向き始めた。

 階段を登り切れば、数歩先にいる子息が僅かに息をのむ。

 ライネリカがフィーガスから離れてドレスの裾を持ち上げると、フィーガスは目を細めて子息と対峙した。


 


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