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第八十話







 キリノスの動揺が反映されたのか、動けるようになったバラが夫の腕を掴む。支えられている顔色は悪いが、徐々に回復しているのか、すぐに傷は塞がったようだった。

 バラはあまりの憤りに頭に血が上り、空中に槍を出現させかける。しかしキリノスが片手で制し、小さく耳打ちした。


「動かないでくれよ、バラ」


 驚いて動きをとめ、視線だけで彼を見上げた。キリノスはリンドウのこめかみを押さえていた布を外すと、ソファーの背にもたれ掛からせつつ、二人を背に庇い立ち上がる。

 キリノスとラヒューレの会話から、今回、ラヒューレは秘密裏にシスボイリーへ入国し、ジャダル第三皇子の補佐を行う予定であったようだ。ジャダルの側近たちと共謀し、フィーガスが横流しした決定的な証拠はないながらも、新たなシガリア鉱物の危険性を盾に、ライネリカの婚約者としての地位を貶めようと画策していたという。

 目には目を、歯には歯を。

 フィーガスとライネリカが共闘し、ジャダルを失脚させようとした事と同じように。

 小さく呻いたリンドウが、意識を手繰り寄せて目蓋を押し上げる。バラは夫と視線を交差させ、僅かに首を振ってから、唇だけで言葉を伝えた。

 妻に関しては正確な読唇術を心得ているリンドウは、目を瞬かせて微かに戸惑いを滲ませる。

 

「でも、ラヒューレ兄上は今、周囲にデージル公爵として見えているから、逃げるのは楽勝だと思うっスよ」

「……そうだな。あの白馬は癪だが、ジャダル第三皇子が軟禁状態で、俺も下手には動けんしな。……父上とも上手く連携を取れねーし……」


 ラヒューレが呟いたエイロス国王の存在に、バラは眉を寄せて納得しつつも、どこか釈然としない心地で口を引き結んだ。

 キリノスが特殊な能力を施し、表面上はすんなり入国できたからといって、ラヒューレが姿を偽り続けながら動き回る事は難しい。

 デージル公爵領を切り盛りしているのは、ラジレイシアである。社交の場で公爵本人と親しい人間はそれほど多くない。ラジレイシアも夫とは不仲であり、関係も冷え切っているので、二人で社交場に出る事は滅多にないと聞いている。

 そしてラジレイシアは隣国に嫁いでから、ラヒューレと直接会う時間も減っていた。それゆえに彼女の目も騙せている、という事までは納得できる。

 しかし祝賀会にはライネリカが参加しているし、キリノスの言い分を全て信用するなら、バラやリンドウと同様にライネリカは騙せない。

 ラヒューレの憤りから察するに、おそらく国王と逐一、行動の擦り合わせをするつもりだったのだろう。

 だが目論見は失敗し、国王の側には途中からバラが付き従っていた。もちろん、そのような不審な行動を見た覚えはない。


「…………」


 バラは再度、キリノスの背中を見上げる。

 ラヒューレの現状は、逃げるにしてもあまりにお粗末だ。

 まるで始めから、逃げ道などないと言わんばかりに。


「まぁ、少し大人しくしていた方がいいっスよ。特別国賓室に入室させられた以上、デージル公爵のふりをしている兄上は、常に監視の目がつきますから」

「監視?」

「そうっスよ。ここって本当に特殊な一角なんです。ただ、逆に考えれば、大人しく祝賀会が終わって外に出られれば、勝ち確って事っスね」

「……なるほどな。危険はあるが、安全でもあるっつーわけか」


 へらりと笑うキリノスに、ラヒューレも納得を見せる。


「しかし、お前が間者まがいの事をしていて助かったぜ。ライネリカを連れてきてから、ジャダル第三皇子と面会するのも、色々と面倒になったからな。第三皇子が買収したっつっても、限界があったしよ。お前が手引きしてくれたおかげで、入出国が楽だった」


 声を出しかけたリンドウの口を、バラは片手で押さえた。不服げに視線を向けてくる夫に小さく首を振る。

 キリノスが意図的に遮った視界から、ラヒューレがこちらの様子を視認できない。

 彼女は片手の指先を、夫の手の甲に押し付けると、緩やかに曲線を描いた。


 “ラバル殿下は お一人で 何かを なそうと している 少し 様子を 見ましょう”


 言葉を文字で伝えると、リンドウは目を瞬かせ顎を引き、小さく頷く。

 一瞬、キリノスが裏切ったのかと焦ったが、彼はライネリカが認めた『騎士』だ。愛する主君を害なす存在を、本能的に許せる男ではない事は、バラもリンドウも知っている。

 彼はおそらく、何かの知らせを待っている。

 ラヒューレに加担したように見せかけ、ラジレイシアの夫に仕立て上げたのも、何か、彼の中で意図がある行いなのだ。

 息を殺して様子を窺っていた時、キリノスがハッと扉に顔を向けた。


「……兄上、壁に寄ってください。誰かくる」


 警告にすぐさま身を翻したラヒューレを尻目に、キリノスが自身の両手を合わせ、室内に結界を張り直す。

 細くしなやかで強靭な糸は、壁に背を付けたラヒューレを、従者二人の視界からすら完璧に隠して見せた。

 程なくして扉が叩かれ、間延びした声で返答したキリノスが、ゆっくりと扉を開ける。


「リュグザ殿下」

「まだこちらにいましたか、キリノス。……ラジレイシア嬢は……部屋に?」

「はい。用意された部屋に」


 姿を見せたリュグザは、室内にいるバラとリンドウに安堵の表情を浮かべつつ、断りを入れてから部屋に踏み入れた。

 彼の目は三人に向けられ、姿を隠されたラヒューレを捉えることはない。

 バラは表情を変えぬように努めながら、リンドウと共に立ち上がり、深く頭を下げる。


「ああ、楽にしてください。……各々の処遇が決まりました」


 

 

 

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