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第七十九話




「……え?」


 リンドウとバラは、目の前の光景に目を疑った。

 ラジレイシアが抑揚のない声で会話をしている人物を、彼女も、周囲も、デージル公爵だと認識し接している。

 しかしその顔は、二人の目からすればどう見ても──ラヒューレ第二王子にしか、見えない。

 姉姫の危機を感じ立ち上がろうとしたバラは、その場に縫い止められたように、足が動かせない事に気がつく。リンドウを横目に見上げれば、彼は声すら封じられているのか、片手で喉を押さえ、目の前の光景を凝視していた。

 まるで蜘蛛の糸に絡まったように、足も手も、出せなくなっている。

 無表情に僅かに動揺を滲ませて、ラジレイシアの半歩後ろに立つキリノスに視線を向ける。彼は肩越しに二人を振り返ると、片手の人差し指を唇に当てて見せた。

 穏やかな笑顔なのに、背筋に悪寒が駆け上がる。

 キリノスは適当な理由をつけてラジレイシアを言いくるめ、男を部屋に招き入れると、ラジレイシアの侍女らと共に衛兵を送り出した。

 どう見てもラヒューレにしか見えない、デージル公爵と言われた男は、真っ青な顔でバラとリンドウを睨んでいる。その表情に浮かぶのは、間違いようのない敵意と嫌悪だった。

 しっかりと扉を閉め、キリノスが糸の結界を張った瞬間、男が、──ラヒューレが、キリノスの胸ぐらを掴み上げた。


「どういうことだ、説明しろラバル! どうして俺が、こんな場所に連れてこられてんだ!?」

「あっはは、そりゃジャダル第三皇子に言ってくださいよ。勝手に見境なく女の子を襲ったのは、アイツっしょ」


 憤る第二王子と対照的に、キリノスの態度は朗らかで、それが尚更薄気味悪い。

 バラは顔を青くするリンドウの手を握り、奥歯を噛み締め、男たちを睨みつけた。

 視線に気がついたキリノスが、やんわりと兄の片手を離す。ラヒューレは舌打ちして腕を払い、大股でライネリカの従者二人に近寄った。そしてバラの様子を繁々と観察し、片手を顎に当てて思案する。


「すげーな、これが『騎士』の力ってやつか? おい、侍女長。どうやって成分を分解してんだ?」

「…………」

「言葉では説明がつかないんスよ。兄上の存在を、視界から遮るようにね」


 キリノスの一言に、ハッとしてリンドウが睨み上げた。

 祝賀会の入国者名簿を確認しに行ったのは、キリノスだ。彼が初めから一枚噛んでいたとすれば、ラヒューレの存在が伝達されることはない。

 だが、それでも、あれほど目の前にいたのに、ラジレイシアが何の反応も示さないのは不自然だ。

 従者二人の疑問が表情から伝わったのか、ラヒューレが腕を組んでキリノスを一瞥する。


「……そりゃまぁ、気になるよな。俺のこの、結界を張れる能力の応用っスよ。ラヒューレ兄上の上に被せ、相手の視界から存在を奪う。そこに少し工夫を加えて、兄上は今、周囲からはラジレイシアの旦那に見えてるっつーわけ」

「そ……、な、こと」


 声を絞り出したリンドウに、彼は僅かに瞠目した。


「へぇ、すげーっスね。こんな状況でも声が出せるんスか? ……やっぱ、ネリカの親ともなれば、与えられる能力も特別なんスかね」


 小さく溢した声音は、ひどく苛立ちを含んでいる。それでも表情はどこか、泣くのを堪えるような目を、一瞬だけのぞかせた。

 キリノスはラヒューレの隣に立ち、青褪める二人を見つめる。


「でも、この能力の弱点は、頻繁に会っている相手には通用しないんスよね」

「ラジレイシアに通用しないのは、正直、どうかと思うがな」

「だけど、そのおかげで兄上は隠れ蓑に出来るわけっしょ? ラジーと旦那が不仲な事に感謝しないと」

「はっ、少し特殊なシガリア鉱物を握らせれば、簡単に口車に乗るやつと結婚生活なんざ、ラジレイシアも不憫極まりねぇな」


 交わされる会話の内容に、バラが額に青筋を浮かべて立ち上がろうともがいた。しかしソファーに絡め取られた体は少しも動かず、彼女は歯噛みしてラヒューレを睨む。

 薄らと浮かんでいた笑みを掻き消したラヒューレが、おもむろに膝をおり、リンドウの足元に手を伸ばした。そして置かれていた片手剣を手に取り、強く両手で握り締める。


「兄上?」

「……こいつらが俺たちの国を脅かす一端なんだろ。ライネリカに妙なこと吹き込みやがって、クソが……!」


 悪態をついて振りかぶった次の瞬間には、リンドウのこめかみに剣の柄頭が直撃した。皮膚が切れて血が滴り落ち、上手く声を出せないリンドウが掠れた呻き声を上げる。


「リンドウ!!」


 キリノスが咄嗟に、身につけているローブの裾を破いて、彼のこめかみに押し当てた。脳震盪を起こして気絶したリンドウを腕で支え、冷や汗を流しながらラヒューレに振り返る。


「なんてことするんスか!! 俺は傷つけることを許容したつもりはない!!」

「うるせぇ、お前はどっちの味方なんだラバル!!」


 怒り立てたラヒューレが、片手剣を放り投げた。片手で髪を掻き乱し、再び舌打ちして視線を迷わせた。


「衛兵に聞いたぞ、あの色ボケ皇子の野郎、簡単に騙されてラジレイシアに手なんぞ出しやがって……! おかげで()()()()()()()()()()()()()()()っつーのに、ご破産じゃねーか……!」 

 




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