表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/148

第七十六話





 思わず立ち上がった第三王子からライネリカを隠すように、リュグザが一歩前へ進み出る。その仕草すら勘に触るのか、彼は目を血走らせて唇を戦慄かせた。

 落ち着いた表情で視線を返したシスボイリー王が、はぁ、とあからさまな溜め息を吐き出し、己の髪の毛を軽く片手で撫でた。


「……ジャダルよ、この父にこれ以上の恥をかかすな」

「っそんな、何故ですか、俺の方がよほど、父上のお役に立ちましょう! 他国を併合する功績も上げました、優秀な部下も多く、妻の家柄も申し分ない、息子もおります。こんなにも貢献しております。なぜなんだ、父上……!」


 悲痛にすら聞こえる声は、自身の命を燃やすかのようだ。

 ライネリカはリュグザの肩越しに、俯く男の姿を見つめて双眸を細める。

 彼は今でこそ正妻の子供だが、第三皇子だ。優秀であった第一、第二皇子と常に比べられ、見放されてきたと感じているのだろう。兄二人が亡くなり、ようやく天下を取れると思った矢先に、父王の寵愛はリュグザへと移っていく。

 瞳に宿るのは、憎悪、執着、嫌悪、遺憾、そのどれもが混ざり合った、言葉にできない感情なのだ。

 シスボイリー王は緩慢な動作で立ち上がる。足元がふらつくのか、リュグザが無言で近寄り背を支えた。


「それが貴様の役割だろう。高位の家と繋がりをもち、子を作り、部下を正しく教育し従える。この父が望んだ役割を放棄したのは、貴様だ、ジャダル」

「役割、だって、俺は」

「リュグザの役割は、エイロス国への統制に過ぎぬ。此奴はアスタロイズ妃との間に、子をもうける気がないのでな。種馬としては不能な男よ」

「これは手厳しい。耳が痛い話ですね」


 大した衝撃も受けずに、半分笑って肩を竦めたリュグザに、出入り口の側で控えているアスターも微笑む。

 呆気に取られた第三皇子に、シスボイリー王は体ごと正面を向けて、眉を顰めた。


「その点、貴様は優秀であったぞ、ジャダル。だが、欲を出した貴様は、上手く立ち回れなかった。……それだけの事よ」


 リュグザに支えられながら、どこか消沈した様相にも見える顔で、シスボイリー王は踵を返す。ライネリカが入ってきた廊下側とは逆の扉から、室内で控える兵士たちを伴い、周囲に一瞥もくれる事なく退出していった。

 父に背を向けられた子は、ただ呆然と俯く。

 エイロス国王夫妻は、ライネリカに視線を向け、何事かを乞うような表情をするものの、何も言わずに口を噤んだ。


「さぁ、行きましょ、ライネリカ第二王女殿下」


 静かな足取りで傍まで来たアスターに頷きかけ、しかしライネリカは一度、第三皇子とエイロス国王を見渡す。


「……ジャダル第三皇子殿下、並びにエイロス国王陛下。不躾な発言による御無礼を、お赦しいただきたく思います」


 名を呼ばれた第三皇子とエイロス国王が、食い入るようにこちらを凝視する。

 すぐ目の前にいる男から感じるのは、強い欲望と浅ましさ。そして離れた場所にいる国王から伺う、困惑と諦め。どちらもライネリカの神経を酷く苛立たせ、同時に酷く胸が痛んだ。

 両手を強く握りしめ、皮膚に食い込む爪の痛みだけが、ライネリカの正気を保っている。

 何かが爆ぜる音が、脳に反響するのだ。

 周囲の音など何も聞こえないと、そう言わんばかりに。


「……バラに劇薬を飲ますよう提案したのは、どなたでしょう?」


 その一言に、二人とも目を見開く。そして互いに顔を見合わせた。

 フィーガスは無色透明なシガリア鉱物が、どれほど強力か正しく理解している。だからこそ、直接服用させるような危険な行為はせず、加工する原石として横流しした。いくら第三皇子を失脚に追い込むとはいえ、殺害するような事態にならないよう気を配ったからだ。

 だが、バラが無理やり飲まされた薬物は、そうではない。

 ラジレイシアが第三皇子の口から直接聞いているのだ。──そのままでは、助からないと。


「ジャダル第三皇子殿下、あなたは、わたくしの姉がもし屈したとしたら、バラをどうするつもりだったのでございましょう? 助けるための解毒薬をお持ちだったのでしょうか」

「…………い、いや、……」

「では中毒症状で殺していたのでしょうか。高熱で意識も朦朧とする彼女をあの場に放置し、死ぬまで眺めているつもりだったのでしょうか」

「いや、違う、殺すつもりはない。それに、あの薬物では死なないと、ラヒューレ殿下が……」


 は、と。第三皇子が片手で自身の口を押さえる。

 語るに落ちるとは、よく言ったものだ。

 ライネリカは目蓋を閉じ、大きく深呼吸をしてから、ドレスを持ち上げ深く頭を下げた。


「……ご回答感謝致します。……失礼致しますわ」


 第三皇子に背を向け、腕を差し出したフィーガスに寄り添う。頭痛による視界の点滅が、徐々に激しさを増している気がした。早く退出しなければ、何か得体の知れない衝動が、湧き上がってきてしまいそうに。

 アスターに促され一歩踏み出したその時、第三皇子が焦燥を滲ませて声を上げた。


「待ってくれ、ライネリカ第二王女。貴女はそもそも、異国の王に強い抵抗を示していたのではないのか……!」


 ライネリカは瞠目し、動きを止める。

 隣に立つフィーガスが、僅かに息をのんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ