第七十五話
「ジャダルよ、貴様が直接話を聞いたのは、ラヒューで第二王子殿下で相違ないか」
「っ……は、その通りです」
「ではラヒューレ殿下にも事の次第を問うとしよう。……エイロス王、其方の息子は、今、どこに?」
「……そうです父上! その通りだ。ぜひラヒューレ殿下の話も聞いてください。エイロス国王陛下、すぐにラヒューレ殿下をここへ!」
問いかけに勢いを取り戻し、応えたのは第三皇子だ。怪訝な顔をするシスボイリー王とは対照的に、エイロス国王の顔色は、もはや土気色に近づいている。
しかし、少なからず薬物に汚染されている第三皇子には、国王の様子など見えていないようだった。
「ジャダルよ、貴様はラヒューレ殿下の居場所を知っておるのか」
「何をおっしゃいますか、父上。彼もシルヴァンの祝賀会へ、出席してくれているではありませんか」
第三皇子は、なぜそんな事をと、眉を寄せて口角を上げている。そして自らの父が、困惑気味に眉間の皺を深める様子に、ようやく静まり返る周囲の状況に気がついて、エイロス国王へ視線を戻した。
俯いて視線を合わせない国王に、第三皇子の表情が徐々に不信感を顕にしていく。
「……エイロス国王、随分、おかしな話になってきおったぞ。……リュグザよ、エイロスからの使者に、ラヒューレ殿下の名はあったか?」
「いいえ、存じ上げません」
「は? デタラメを、そんなはずがないだろう! エイロス国王が入国した日に、祝いの品を持って祝辞に参られたんだぞ!? 俺が嘘を言っていると言うなら、部下にも聞いてみるといい!」
第三皇子の反応から、嘘を言っているようには見受けられない。
だがライネリカたちは、エイロス国を出立してから、シスボイリーに入国し現在に至るまで、ラヒューレの姿は一度も見ていないのが現実だった。
「……エイロス国王。ラヒューレ殿下とは、共に入国したのか?」
静かな問いに、エイロス国王は一度、大きく肩を跳ねさせる。しかし呼吸音が止まった次には、ゆっくりと肺に溜まった息を吐き出すように、小さく首を左右に振った。
「いえ……、共に入国したのは、妻と、ライネリカのみです」
「!? ば、バカを言うな、そんなはずは──!」
エイロス国王は、口を噤む。
彼は理解したのだろう。ここで第二王子を擁護する発言に走れば、エイロス国の安全は保証されないのだと。
第二王子は、この場で拘束されている第三皇子と手を組んで動いている。先ほど第三皇子の発言から言質はとれた。そして提示できるほどの証拠はまだないが、エイロス国王が協力関係の一人なのも、もはや疑う余地はない。
しかし、やはりと言うべきか、エイロス国王が二人を擁護することは無いのだ。
間違った解答などすれば最後、小国エイロスには反乱の意思があると、見なされてしまうからだ。
「……では、ラヒューレ殿下は、我が国に密入国している、と解釈してよろしいか」
「密入国、で、すか」
「左様。ジャダルはこう言うが、このシスボイリー王に何の挨拶もないまま、他国の王族が入国しておるのだぞ。直接取引をしているリュグザにも、何の連絡もないままだ。……これを密入国と言わず、なんと言う?」
ソファーの後ろに立ち混乱を極めていた王妃が、大きく息を呑んで、腰が抜けたようにその場に座り込んだ。両手で口を覆い、声を発すまいとしているのか、小刻みに体を震わせている。
彼女がエイロス国王の思惑に加担していないとすれば、徐々に理解が追いついているのだろう。
愛する我が子の身を守る術が、少しずつ削ぎ落とされてしまっていることに。
「其方が秘密裏に入国させたのでなければ、ラヒューレ殿下は、我が国への不穏分子となり得る可能性もある。エイロス国王よ、発見次第、身柄は拘束させてもらうが、異論はないな」
「…………はい、その御心のままに」
覇気のない声音で了承する国王を、ライネリカは奥歯を噛み締め睨みつけた。
第二王子がシスボイリーへ入国している可能性を、一度はラジレイシアが疑った。しかしシスボイリーの高度な技術を掻い潜るのは難しい。国王の反応から彼が介入しているのは明白だが、やり口が分からない。
それでも、第二王子がシスボイリーを出国できなくなった事は成果だ。
少なくとも祝賀会の会期中、シスボイリー王の命令で、関所の入出国は更に厳重になる。加えて見回りも強化され、第二王子とてシスボイリーの精鋭兵たちから、永遠に逃げ続ける事は不可能だ。
それでも、ライネリカの心は休まらない。
「……エイロス国王夫妻よ、其方らは特別国賓室で待機してもらう。無論、自由な出入りは許さん。……ライネリカ第二王女殿下は、引き続き、アスタロイズ妃のところへ居るがよい。……リュグザ、この度の一件、処遇については其方に任せる。よいな」
「仰せのままに」
「…………っ父上、お待ちください、なぜです、なぜそんな、出自の卑しい男に信頼を寄せるのですか!? 俺の方がよほど、父上の信頼に応えられましょう!!」
片手の指先を宙に留まらせながら、皺がれた声で指示を与えるシスボイリー王に、第三皇子は半ば絶叫にも似た声を張り上げた。




