第七十四話
リュグザは冷淡な双眸で、奥歯を噛み締め唸るように睨む第三皇子を見下ろす。
「義兄上の側近たちを事情聴取しましたが、フィーガス弟王閣下の姿を見たものや、直接やりとりをした者はおりませんでした。義兄上は何を持って、閣下が関わっていると確信したのでしょう?」
「ラヒューレ殿下が、調べて下さったのだ。あれは市場に出回っていない鉱物で、これを手に入れられるのは、ライネリカ王女殿下か、オージオテラサス陛下しかいないと」
「その確たる証拠でも、ラヒューレ殿下が持っているのですか?」
「そうだ!」
リュグザは思案げにエイロス国王夫妻を見た後、父王に視線を戻す。
シスボイリー王は再度息を吐き出し、顔色の悪い目尻を微かに吊り上げた。
「……エイロス国王よ。愚息はこう申しておる。其方の国で出土する産物だ。当然、新たな鉱物の話は、聞いておっただろう」
突然話を振られたエイロス国王が、言葉を詰まらせる。だが、動揺を見せたのは一瞬の事で、頭を下げて肯定した。
「ええ、伺っております。オージオテラサス陛下が独占的に売買を進めていると聞き、ジャダル第三皇子殿下が、シスボイリーへも販路を広めてほしいと」
「オージオテラサス弟王が取り引きをしていたのは、其方や第一王子ではないのか」
「いえ、我が息子、ラヒューレから、ライネリカが直接やり取りを行っていると……」
「それでは何故、其方の娘はこの場に居るのだ?」
は、とエイロス国王の掠れた息が、空気に溶けた。
シスボイリー王の目がライネリカに向く気配はなく、ただ、エイロス国王を眺めている。
「お転婆な第二王女が、父や兄に何も言わずに、婚約者と二人で事業を進めているのだろう? 見ようによっては、シスボイリーへの反抗とも捉えられる。それを分かっていながら、なぜこの国へ連れてきた?」
返答に窮する国王に、青褪めた顔の王妃の目が向いた。王妃は困惑した様子で、夫とシスボイリー王を交互に見遣り、立ち上がってはドレスを持ち上げ深く、深く首を垂れる。
「……恐れながら、大国の輝かしき栄光、シスボイリー王。発言のご許可を……」
「ならぬ。エイロス国王に聞いておるのだ、王妃よ。案ずるな、ただ、聞いているだけだ」
助け舟を出そうとしたのか、しかし王妃の発言は切って捨てられた。
「聞いているだけだが、返答を誤るでないぞ、エイロス国王。損害を被った侍女より、お前がジャダルを手引きしたのではないか、と聞き及んでおる。其方の返答によっては、娘をどのように活用しようとしていたのか、我が国も考えを改める必要があるのでな」
「え?」
目を丸くし、王妃が怪訝な顔で国王を凝視する。演技などではない、本当に初めてその事実を聞かされた反応だった。
彼女は白だな、と。小さく呟いたフィーガスに、ライネリカは顎を引いて双眸を細める。
王妃の表情は徐々に、悲しみと怒りを帯びていく。信じられない男を見るかの目で、一歩、身を引いた。
「……其方は申し開きがあるか、エイロスの第二王女よ」
険しい瞳がライネリカに向く。肩越しに振り返ったリュグザに、フィーガスが頷いてライネリカから片腕を離す。
ライネリカは前に進み出て、軽く頭を下げた。
「恐れながら……わたくしはフィーガス弟王閣下と、何も金銭的な取り引きは行っておりません。強いて言うなら、フィーガス閣下が、わたくしに贈り物として、シガリア鉱物を加工した宝石は頂きました」
「ふむ、それはどのようなものだ?」
「こちらに」
自らの胸元を彩る、金の細工が施された無色透明な鉱物を差し示す。
一点の曇りもない美しい宝石に、シスボイリー王は指先で口元を撫でた。興味深げな様子に、フィーガスは目を眇めて口を開ける。
「……もし、婚約者として贈り物をすることすら、人間の世界で罪になると言うなら。今、この場で叩き壊そうか、シスボイリー王」
空気すら凍えるに似た声に、老いた王は僅かに瞠目して片手を振った。
「不躾な質問だった、許せよ、オージオテラサス王。その加工は我が国で行ったのか?」
「そうだ。シスボイリーの技術は世界一と言っていいだろう? 僕の婚約者殿には美しく着飾ってもらいたいからな、信頼のおける国の加工場に頼むのが筋だろう。心配なら加工場に問い合わせてもいいぞ」
フィーガスが、ライネリカと揃いのペンダント作成を依頼したのは、間違いなくシスボイリーの加工施設だ。来訪記録も残っているし、定期的に進捗を確認しに行っていたので、施設内でも印象が強いはずである。
ライネリカがシガリア鉱物を贈り物だと印象付けたかったのは、その加工施設で作られたものだと、シスボイリー王に認識させるためだ。
自国で加工しているのなら、第三皇子が手にできる機会は、いくらでもあるのだから。
「……ふむ、我が国で、か……。エイロス国王、其方の娘はこう申すが、其方や第二王子は、どのような取り引きだと思っておったのだろうな」
「…………わ、たしは、……ラヒューレより、事の次第を聞き、まして、……申し訳ございません、それを、鵜呑みに……」
それ以上の言葉が出ず、エイロス国王は唇を引き結ぶ。
シスボイリー王は数秒ほど沈黙した後、今度は第三皇子に視線を戻した。




