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第七十三話





 シスボイリーの宮殿内でも、重要な案件を会議するような、奥まった応接室に通される。

 広い部屋には、エイロス国王夫妻が先にソファーに座り、一番奥にはシスボイリー国王が、隣で兵士に囲まれ、顔色の無い第三皇子が座り込んでいる。

 出入り口の扉に近い位置にいたリュグザが、振り返った。

 彼は何事か言おうとして、ライネリカと視線を合わせると、小さく息をのむ。

 アスターが咄嗟にドレスを持ち上げ、深く頭を下げようとしたのを、リュグザが片手で押し留めつつ、ライネリカを片手で誘導した。

 フィーガスと共にソファーに近寄り、両手でドレスの裾を持ち上げる。


「沈まぬ太陽の象徴、シスボイリー国王陛下に一層の繁栄をお喜び申し上げます。ライネリカ・ベルジャミン第二王女、ただいま御前にて参上いたしました」

「……うむ。……此度は、愚息のせいで、姉君に刃を向けた事、あいすまなかった」


 シスボイリー国王の声音には、未だ怒りが滲んでいた。ライネリカが双眸を見つめ返すと、老いた王は微かに息を吐き出す。


「……シスボイリー王。ジャダル殿下は、我が婚約者殿と、ディアモリス公爵夫人を間違えたと聞く。これについて、どのような釈明を?」


 並び立つフィーガスが、剣呑に目を眇めた。

 

「……釈明も何もなかろう、異国の王よ。見たままが全てよ、……こやつがここまで、愚かだったとは、……」

「っお待ちください、父上。私が浅はかだったのは、その通りです。ですが、本を正せばオージオテラサス陛下が」

「喧しい……! 貴様が勝手をやり、薬物中毒に陥っただけではないか! よりによって、ディアモリス公爵夫人に手を出すなど……!!」


 第三皇子の呻きを一喝した王は、片手で白髪を乱雑に掻き乱す。

 アスターが第三皇子を貶める為に、ラジレイシアにその任を願ったのは理由がある。

 ラジレイシアの外交手腕を、シスボイリー王が買っていることだ。

 女傑と謳われる彼女は、各国に様々なパイプを持っている。ライネリカもそこまで詳しくは知らなかったのだが、ラジレイシアが妹姫を守る為に、三年かけて築いてきた賜物だった。

 ディアモリス公爵夫人を害することは、世界の要人を敵に回すと同じこと。

 彼女は常に、自らの価値を高めてきたのだ。

 大国シスボイリーとて、属国同志が結託し敵に回り、情報戦を強いられては流石に無傷といかない。第三皇子や第十二皇子のように、内部の勢力争いすらある中で、外敵とも渡り合うのは非常に非効率なのだ。


「っ、違う、私は、そんなつもりでは……、っ、そうだ、私以前に、リュグザの方がおかしいではないか、父上! この男はディアモリス公爵夫人を、ライネリカ第二王女殿下のような素振りで、私の前に現れたのです! それに皇太子妃もだ!」


 空気を震わせる喚きに、シスボイリー王は目を眇めつつリュグザを一瞥する。

 言外に発言を許可された彼は、肩を竦めて軽く頭を下げた。


「申し訳ございませんが、俺と妻は公爵夫人と共にいて、伝令に驚き駆け出した彼女を追いかけはしました。しかしライネリカ第二王女殿下などとは、一度も言っておりません。エイロス国王の()()()()()を、義兄上が勝手に解釈したとしか言いようがない」

「なっ……、いくら瓜二つとはいえ、エイロス国王夫妻が、我が子を間違えるとでも!? 貴様が姿を見せて、誘導したのではないか!」


 おそらく第三皇子にとって、至極真っ当な反論だろう。エイロス国王夫妻は真っ青な顔で俯いて、口を閉ざしている。

 ここでの最高権力者はシスボイリー王だ。王が許可しない限り、エイロス国の者は迂闊に声を上げられない。釈明すら与えられない針の筵に、彼らは立っている。

 答えを求める方が酷だろう。

 ()()()()()()()()()()()()などと。

 ライネリカは小さく息をつく。国王夫妻が自分とラジレイシアを、咄嗟に見分けられないのは分かっていた。アスターすら知っている事実なのだ。当の姉妹姫が気がつかない訳がない。

 腕を絡めるフィーガスが、労わるように小さな手を撫でた。


「誘導? この一連の出来事で、何を誘導したと言うのです? 義兄上が勝手に夫人をライネリカ第二王女と間違え、国賓室に連れ込み、そこで侍女長殿が見ている前で犯そうとし、奥方に勘付かれて殺そうとしたことに、俺が何を誘導したと言うのでしょう?」

「貴様がオージオテラサス陛下と結託し、俺を陥れようとしたことは分かっているのだ。その為の画策だろう!」


 憤怒の形相で喚き散らす第三皇子に、リュグザが肩を竦める。


「今度は閣下ですか、見苦しい。フォーガス弟王閣下が、義兄上に何を?」

「俺の部下を使い、シガリア鉱物を使った薬物を混入させた事は調べがついている。それが市場に出回っているシガリア鉱物を超える、危険な物であることもだ」


 第三皇子の低い声音に、シスボイリー王は片眉を上げた。しかしそれは、興味を惹かれたと言うより、あきれを含んでいるように見え、視線がそのままリュグザに向く。


「……我が愛し子よ、話してやれ」

「仰せのままに」


 片手を胸に当て一礼した彼は、ライネリカの横を通り、半歩前で立ち止まった。





 


 


 


 


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