第七十一話
小さな体をベッドに放り投げ、激しく抵抗する体を押さえつける。
どこからそんな気力があるのか、掠れた声を上げて飛びかかってきた侍女長を振り払い、ジャダルは美しい姫の胸元にあるブローチを毟り取った。
ドレスの布が裂けて、胸元から腹までを締めるリボンが緩み、王女の両腕を敷布に押さえつける。
綺麗だった、何もかも。
初めて直に触れる熱に、体温が二、三度上昇して、ますます思考回路を奪っていくのすら心地よい。下腹部が熱い、理性を焼かれる、この姫を形成する全てを欲して堪らない。
欲しい。
欲しいのだ。
この女が、全て。
ジャダルは白い首筋に唇で吸い付いて、邪魔なボンネット帽を剥ぎ取り、ベッドの外へ放り投げた。リボンを抜き取り、胸元を力任せに広げ、晒された素肌に花を散らす。
頭の後ろに片手を回した刹那、男の乱暴によって解かれた長髪が、ベッドの上に広がった。
「…………は」
意識が引き戻される。
ライネリカ第二王女は、短髪だ。
「ジャダルさま! ここで何をしていらっしゃるの!?」
次の瞬間、廊下から妻の金切り声がこだました。
思わず振り返って力が緩んだ瞬間、ライネリカだと思い込んでいた女が、胸元を抑えながらベッドを飛び出す。
だめだ、と。片手が短剣を鞘から引き抜いた。
ここで出て行かれてはまずい。
この部屋は特別国賓室。許可を得ていない者を手引きした者は、誰であろうと罰せられる。警備兵がはっきり見ているのだ、この女をジャダルが連れ込んだ状況を。
今、声を立てられては駄目だ。今、姿を見られては駄目だ。今、奪わねば、だめだ。
カチリ、と。鍵が開錠された音が室内に響く。
ジャダルの脳内は焦りと怒りが頂点に達し、これまで以上に判断力が奪われていた。
この鍵の音が外側なのか、内側から掛けたものなのか、判断できないほど。
ジャダルは扉の前で女に追いつき、振り返った細い体に馬乗りになって床に押し倒した。喉を突き破り声を潰すべく、衝動に任せて短剣を振り下ろす。
薄い皮膚を突き抜けた──はずだった。
皮膚に刃を食い込ませ血を垂らしながら、素手で短剣の刃を掴み止めたラジレイシアが、声を張り上げる。
「ライネリカ!!」
凄まじい勢いで鍵が壊され、扉が蹴り開けられた。
留め具ごと扉が吹っ飛び、室内に木片が広がる。後ろ脚で扉を破壊した白馬の横から、目の前に居たと思い込んでいたライネリカが姿を見せて、ジャダルは呼吸を止めた。
「お姉さま!!」
「ジャダルさま、何をやっているの!? これはなに!? 一体何をしていたの!?」
妻の糾弾に力が抜け、一瞬で人型に姿を変化させたフィーガスが、呆然としている男を払い除ける。指を鳴らして大きなケープを空中に出現させると、怪我をしてドレスも裂けたラジレイシアに被せた。
「バラ!」
ジャダルの横をすり抜け、ライネリカがバラの元へ走っていく。侍女長を助け起こした彼女は、泣きながらその肩を抱きしめた。
何も考えがまとまらず、ただ、立っていることしか出来ない。妻が何事か叫んでいるが、聴覚に訴えても脳の処理が追い付かない。
「…………ジャダル……、貴様、何をやっておった。……己の行いを……分かっておるのか……!?」
一際低く、しわがれた声だけが、ジャダルの意識を呼び覚ます。
愕然とする視線の先で父王が、蒼白なエイロス国王と共に、憤怒の形相でジャダルを見据えていた。
◇ ◇ ◇
リンドウに横向きに抱えられたバラは、少しずつ呼吸が穏やかになりつつあった。意識を取り戻した彼女は、ぼろぼろと涙を零す夫の頬を撫で、目尻を緩ませる。
ライネリカは二人の様子に安堵の息を吐き、扉が開いた音で振り返った。
着替えを終えたラジレイシアが、一息ついてライネリカに笑みを見せる。
「まぁまぁ、あたくしの愛しいネリカ。お姉さまは大丈夫ですわよ、そう泣きそうな顔をなさらないで」
「っお姉さま、どうして、あそこまで無茶を……!」
外傷が綺麗に無くなった姉姫に抱きつくと、彼女は苦笑混じりに眉を下げた。
大規模な晩餐会は、ひとまず延期になった。
ジャダルが白昼堂々、他国の侍女に薬物を飲ませ、また別の国の王族代理で来ていた公爵夫人を、特別国賓室に連れ込み、あまつさえ刺し殺そうとしていたのだ。その事実はシスボイリー国王も目撃しているので、延期は当然の結果とも言える。
ライネリカたちは、他の来賓客に対する処理が済むまで、別の国賓室にて待機となっていた。
心情としてはアスターが用意した部屋に行きたかったが、事情が事情である。扉の前には兵士が見張り、ほぼ軟禁状態のようだった。
それでもシスボイリー国王の計らいにより、身の回りの世話は、エイロス国より連れてきた侍女たちが行えるよう、手配してくれたのは幸いだった。
彼女たちは配膳をしながらも、バラの様子を気遣い、飲食しやすい食事や毛布、熱冷まし用の薬品など、様々な品を置いていく。ライネリカがバラに代わって礼を言うと、侍女たちは涙ぐんで深く頭を下げていった。
「アスターの作戦は、上手くいきましたわね」
暖かな紅茶を優雅に飲みながら、ラジレイシアが呟く。ライネリカは唇を震わせ、ソファーに腰を下ろして肩を落とした。
「結果としては、そうですが……! お姉さま、わたくしにはダメだとおっしゃって、自分がそうなるのを良しとしないでくださいませ……!」
「最高に腹が立つ男だったんですもの。間違いなく叩き潰してやろうと思いましたの」
なんて事はない、と言わんばかりの態度に、ライネリカは半目で睨め付けた。




