表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/148

第七十一話




 小さな体をベッドに放り投げ、激しく抵抗する体を押さえつける。

 どこからそんな気力があるのか、掠れた声を上げて飛びかかってきた侍女長を振り払い、ジャダルは美しい姫の胸元にあるブローチを毟り取った。

 ドレスの布が裂けて、胸元から腹までを締めるリボンが緩み、王女の両腕を敷布に押さえつける。

 綺麗だった、何もかも。

 初めて直に触れる熱に、体温が二、三度上昇して、ますます思考回路を奪っていくのすら心地よい。下腹部が熱い、理性を焼かれる、この姫を形成する全てを欲して堪らない。


 欲しい。

 欲しいのだ。

 この女が、全て。


 ジャダルは白い首筋に唇で吸い付いて、邪魔なボンネット帽を剥ぎ取り、ベッドの外へ放り投げた。リボンを抜き取り、胸元を力任せに広げ、晒された素肌に花を散らす。

 頭の後ろに片手を回した刹那、男の乱暴によって解かれた長髪が、ベッドの上に広がった。


「…………は」


 意識が引き戻される。

 ライネリカ第二王女は、短髪だ。

 

「ジャダルさま! ここで何をしていらっしゃるの!?」


 次の瞬間、廊下から妻の金切り声がこだました。

 思わず振り返って力が緩んだ瞬間、ライネリカだと思い込んでいた女が、胸元を抑えながらベッドを飛び出す。

 だめだ、と。片手が短剣を鞘から引き抜いた。

 ここで出て行かれてはまずい。

 この部屋は特別国賓室。許可を得ていない者を手引きした者は、誰であろうと罰せられる。警備兵がはっきり見ているのだ、この女をジャダルが()()()()()状況を。

 今、声を立てられては駄目だ。今、姿を見られては駄目だ。今、奪わねば、だめだ。

 カチリ、と。鍵が開錠された音が室内に響く。

 ジャダルの脳内は焦りと怒りが頂点に達し、これまで以上に判断力が奪われていた。

 この鍵の音が外側なのか、内側から掛けたものなのか、判断できないほど。

 ジャダルは扉の前で女に追いつき、振り返った細い体に馬乗りになって床に押し倒した。喉を突き破り声を潰すべく、衝動に任せて短剣を振り下ろす。

 薄い皮膚を突き抜けた──はずだった。

 皮膚に刃を食い込ませ血を垂らしながら、素手で短剣の刃を掴み止めたラジレイシアが、声を張り上げる。


「ライネリカ!!」


 凄まじい勢いで鍵が壊され、扉が蹴り開けられた。

 留め具ごと扉が吹っ飛び、室内に木片が広がる。後ろ脚で扉を破壊した白馬の横から、目の前に居たと思い込んでいたライネリカが姿を見せて、ジャダルは呼吸を止めた。


「お姉さま!!」

「ジャダルさま、何をやっているの!? これはなに!? 一体何をしていたの!?」


 妻の糾弾に力が抜け、一瞬で人型に姿を変化させたフィーガスが、呆然としている男を払い除ける。指を鳴らして大きなケープを空中に出現させると、怪我をしてドレスも裂けたラジレイシアに被せた。


「バラ!」


 ジャダルの横をすり抜け、ライネリカがバラの元へ走っていく。侍女長を助け起こした彼女は、泣きながらその肩を抱きしめた。

 何も考えがまとまらず、ただ、立っていることしか出来ない。妻が何事か叫んでいるが、聴覚に訴えても脳の処理が追い付かない。


「…………ジャダル……、貴様、何をやっておった。……己の行いを……分かっておるのか……!?」


 一際低く、しわがれた声だけが、ジャダルの意識を呼び覚ます。

 愕然とする視線の先で父王が、蒼白なエイロス国王と共に、憤怒の形相でジャダルを見据えていた。



 ◇ ◇ ◇



 リンドウに横向きに抱えられたバラは、少しずつ呼吸が穏やかになりつつあった。意識を取り戻した彼女は、ぼろぼろと涙を零す夫の頬を撫で、目尻を緩ませる。

 ライネリカは二人の様子に安堵の息を吐き、扉が開いた音で振り返った。

 着替えを終えたラジレイシアが、一息ついてライネリカに笑みを見せる。


「まぁまぁ、あたくしの愛しいネリカ。お姉さまは大丈夫ですわよ、そう泣きそうな顔をなさらないで」

「っお姉さま、どうして、あそこまで無茶を……!」


 外傷が綺麗に無くなった姉姫に抱きつくと、彼女は苦笑混じりに眉を下げた。


 大規模な晩餐会は、ひとまず延期になった。

 ジャダルが白昼堂々、他国の侍女に薬物を飲ませ、また別の国の王族代理で来ていた公爵夫人を、特別国賓室に連れ込み、あまつさえ刺し殺そうとしていたのだ。その事実はシスボイリー国王も目撃しているので、延期は当然の結果とも言える。

 ライネリカたちは、他の来賓客に対する処理が済むまで、別の国賓室にて待機となっていた。

 心情としてはアスターが用意した部屋に行きたかったが、事情が事情である。扉の前には兵士が見張り、ほぼ軟禁状態のようだった。

 それでもシスボイリー国王の計らいにより、身の回りの世話は、エイロス国より連れてきた侍女たちが行えるよう、手配してくれたのは幸いだった。

 彼女たちは配膳をしながらも、バラの様子を気遣い、飲食しやすい食事や毛布、熱冷まし用の薬品など、様々な品を置いていく。ライネリカがバラに代わって礼を言うと、侍女たちは涙ぐんで深く頭を下げていった。


「アスターの作戦は、上手くいきましたわね」


 暖かな紅茶を優雅に飲みながら、ラジレイシアが呟く。ライネリカは唇を震わせ、ソファーに腰を下ろして肩を落とした。


「結果としては、そうですが……! お姉さま、わたくしにはダメだとおっしゃって、自分がそうなるのを良しとしないでくださいませ……!」

「最高に腹が立つ男だったんですもの。間違いなく叩き潰してやろうと思いましたの」


 なんて事はない、と言わんばかりの態度に、ライネリカは半目で睨め付けた。

 


 

 


 

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ