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第七十話





「あ、あの、ご無礼をお許しくださいませ、殿下。バラの容態は……」


 彼女の歩幅より少し大股に、高ぶる感情に支配されながら、ジャダルは廊下を進んでいく。背後から近衛騎士が付いてくるが、所詮は平和な小国の騎士だ。大きな腹を揺らしながら追いかけてくる相手など、歯牙にかける必要もなかった。

 ジャダルは視線を下げて、エイロス国の末姫を見つめる。


「高熱が出て少し意識が朦朧としているようだが、安心してくれ。命に別状はない」

「高熱……!? 本当に、大丈夫ですのっ!?」

「ああ、ああ、問題ない。問題ないとも。何もな」


 国賓室へ立ち入れる通路は、一箇所のみ。警護兵に父王から取り付けた入室許可証を見せ、足を踏み入れると、後方で彼女の近衛騎士が声を上げた。


「ちょ、すみません、あの、僕は護衛で……!」

「だめだ、ここから先は許可制だ。他国の騎士など特に、許可なき入室は許されない」


 特別国賓室の警備が、かなり厳重である。関所のように買収ができなく、ジャダルに好意的な連中ばかりではないので骨が折れたが、国王の許可証さえ手に入れられれば、こちらの有意性は保証されている。

 今この場で入室できるのは、シスボイリー国王と皇妃に、ジャダルと妻子。そしてエイロス国王夫妻と、ライネリカ第二王女。付き人も身分がはっきりとしている使用人のみで、入室者名簿まで用意し、父王へ提出していた。

 それ以外が入室、もしくは入室出来るよう手引きすれば、誰であろうと罰せられる。

 武器を使用できる兵士や近衛騎士は、基本的に許可されない。シスボイリー国の兵士でもだ。他国の騎士などもってのほかだろう。

 ここはそれだけ、管理の厳しい客殿なのだ。

 疎ましい第十二皇子も、手出しできる領域ではない。

 人気のない通路に、流石の彼女も渋り始める。


「本当に、ここに、バラが……? 誰もいらっしゃらない、ようですが……」

「いや、まだ誰もいないだけだ」


 一室の前で立ち止まり、ジャダルは腰に下げていたケースから鍵を取り出し、ゆっくりと回し開ける。

 扉を開けた先にある床で、侍女長が倒れ伏していた。


「バラ!」


 悲鳴混じりの声をあげて、彼女が走り寄る。抱き起こされた侍女長は、ジャダルが今朝見た時より、苦痛に表情を歪ませながら発汗していた。

 まだ熱が上がるのか、寒気から体が震え、皮膚が白く変色している。青褪める第二王女を横目に見ながら、ジャダルは内側にある鍵穴に、別の鍵を差し込んで施錠した。


「……ライネリカ第二王女殿下。貴女の婚約者殿から、素晴らしい鉱物を頂いたようだ」


 コツコツと靴音を鳴らしながら、二人の女に近づいていく。王女はハッとして、動かない侍女長を背に庇った。

 可愛らしい抵抗に、ジャダルは鬱蒼と笑みを深めて、片腕を伸ばす。

 ボンネット帽の紐に指先が触れると、彼女は身を捩ってジャダルを睨みつけた。


「知らないとは言わせない。俺を謀ろうとでもしたのか? 貴女の行動は全て、こちらに筒抜けだ。この鉱物の効用も、どれほど危険かも」


 指先で鉱物に触れて見せれば、彼女は目に見えて肩を跳ねさせる。


「…………兄上さまに、取り入りましたわね」


 苦々しいと言わんばかりの顔で、絞り出された言葉に、ジャダルは愉悦を浮かべつつも眉を寄せた。


「彼は素晴らしい知識人だ。小国の第二王子などで終わるには、あまりに惜しい。度胸もあり頭も回り、そして──為政者としての非道さも、きちんと理解している」


 細い腕を、掴む。抵抗を力で抑え付け、己の側に引き寄せた。


「……貴女の大切な侍女長は、このままでは助からん」


 耳元に唇を寄せて囁けば、弱い抵抗が完全に止まる。


「貴女の婚約者が持ち込んだシガリア鉱物を、粉末にして薬と混ぜ込んだものを、飲んでいるからな」


 固形として身につける加工物と、実際に体の内側へ取り込んだ薬物では、その効力は天と地ほどの差がある。さすがライネリカ直属の従者と言うべきか、侍女長の精神力は大したものだ。すぐに汚染されるかと思っていたが、今もこうして健気に中毒症状と闘っているらしい。

 ジャダルの言葉に、王女は俯いている。


「恨み言は、婚約者殿に言うといい。今は俺と交渉しようじゃないか、ライネリカ王女殿下」

「……交渉……」

「そうだ。……この女を助けたいだろう? なに、簡単な願いだ。少しの間、俺とここに居てくれさえすればいい」


 囁いた申し出に、彼女は怪訝に目を細めた。怯えの中にも、強い意志が宿っている気さえして、ゾクゾクと肌が粟だった。


「……なにを……」

「今、俺の部下と共にラヒューレ殿下が、あの忌まわしい異国の王を告発する、準備を整えてくれている。この俺に大層な薬物を押し付けたんだ。何の咎もない訳があるまいよ」

「っ、証拠があると言うんですの、わたくしの婚約者さまを貶めようとして」

「ハッ、先に仕掛けて来たのはそちらだろう。それとも俺が証拠も揃えられないような、権威のカケラもない男だと思ったか? 残念だ、()()()()よ。貴女はもっと利口になるべきだった」


 ヒュ、と不自然に王女の喉が鳴った。先ほどよりも狼狽えて、肌など真っ白な色で震え出す。


「ラヒューレ殿下が、内情を教えて下さったぞ。……可哀そうな姫だ。婚約者に役割を否定され、存在を否定され、我が国の勢力争いの道具と利益と為に、怪物に売られた美しい姫」


 ぽとりと、伸ばした腕に水滴が落ちる。

 視線の先で潤んだ瞳に、ジャダルの中の一本の線が、音を立てて引きちぎられた。

 

 



 

 

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