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第六十八話


 ◆ ◆ ◆


「待ちなさい、リンドウ!」


 アスターの鋭い制止の声に、リンドウが大きく肩を震わせて振り返る。


「で、でも、団長、バラが、バラが」

「分かってるから、落ち着きなさい」


 王妃と別れアスターが用意した部屋に戻ってきたライネリカは、倒れそうな体をラジレイシアに支えられていた。凝視する目の先では、キリノスが空中に細い糸を出し、立体的な宮殿の地図を生成し始めている。

 呆然とした顔のライネリカの前に、アスターは胸に片手を置いて膝をついた。


「主さま、ご安心ください。バラは無事です。すぐに居場所を特定いたします」

「…………可能なんですの?」

「はい。このような事態も含めて、バラとは連携をとっておりました」


 バラが与えられた役割は、この中で一番危険を伴う立ち位置だ。アスターは自身に何かあった時の為に常備している、戦時に使用する通信器具を改造した物を、バラに手渡していたのである。

 それはキリノスが扱う糸の結界に反応し、居場所を特定できる物であった。

 脂汗を浮かべ、次第に息を切らしながら、キリノスが微かに口角を上げる。

 

「ダァーッもう、宮殿広すぎ……! だけど、見つけたっスよ……!」


 全てを作り終えた彼が、精根尽き果て力が入らず崩れ落ちた。痙攣する片腕を持ち上げ、赤く点滅する糸を指差す。

 隣で宮殿内部図を睨んでいたリュグザが、剣呑に目を細めて呟いた。


「…………特別国賓室、ですね」


 宮殿で最も警備が厳しい、特別国賓室。

 大国シスボイリーにとって、最も価値ある客人が招かれる部屋だった。

 通常、侍女長であるバラが招かれる事はまずあり得ない。入室するには事前に、国王の許可が必要になるからだ。

 リュグザとアスターは先ほどまで、明日の晩餐会の打ち合わせでシスボイリー国王と共に居た。もし入室の報告があれば、自然と耳に入ってくるはずである。不審がられずバラを入室させるのであれば、事前に承諾済みでないとまかり通らない。

 関わる全ての人間を買収して黙らせる、という方法が無いわけではないが、それが出来ない対策も行っているので、この線は薄いだろう。


「……キリノスさま。先ほど、ラヒューレ兄上さまの入国について、情報を得たと言っておりましたわよね」


 ラジレイシアの言葉に、キリノスは目を丸くして、いやいやと顔を左右に振った。


「流石に今回入国していたら、俺も伝えるって! は? マジ? もしかして兄上、ここにいるかもって事か?」


 第二王子と共に入室すれば、侍女の人数さえ報告と一致していれば良い。ただ、いくらジャダルが関所を押さえているとは言え、入国者名簿を偽造するのはそう容易くないのだ。

 大国がシガリア鉱物の先進国である事を見せつけるため、様々な技術を注ぎ込み、入国者を感知する器具が、関所内のあらゆる箇所に取り付けてある。これによって、人為的に行う報告までは操作できても、入国者そのものを偽る事は難しい。

 それこそ、空を自由に行き来できるフィーガスのような存在でなければ、キリノスが入出国を見落とす事はほとんどないだろう。

 アスターは沈黙して、床まで視線を落とす。

 アスターはバラに、何かあれば抵抗して良いと伝えてある。彼女は生身の人間など相手にならない、物理的な力を授かっているのだ。正直な話、ジャダルの腕力など足元にも及ばない。

 赤く点滅する糸は、変わらず同じ場所に留まっている。バラは動くことが許されない状況に、追い込まれている可能性があった。


「……リュグザさま、この特別国賓室というのは、先に侍女を入室させる事は可能?」

「…………先に?」

「ええ、……客室を変更し、エイロス国王夫妻とライネリカ第二王女殿下を招く目的で、先にバラを入室させ、室内の状況を整えておくことは、出来るのかしら?」


 黙して聞いていたフィーガスが、息を呑んだ。

 リュグザは軽く目を見開いて、片手で口元を押さえてアスターを見やる。


「……なるほど、……可能ですよ、そうであれば。特にバラ殿は、王妃からの信頼もあつい侍女長ですから」

「そ、ん……っですが、わたくし、そんな話、何も……」


 動揺するライネリカに、アスターは唇を噛み締めて首を左右に振った。


「主さまのご意志は関係ないのです。エイロス国で、最も決定権があるのは国王陛下ですから。陛下の許可をとっているのであれば、シスボイリー国王も不審に思いません」


 特別国賓室に招待して、晩餐会とは別に親密な関係を築きたい。ジャダルの意向は、エイロス国を特別視しているシスボイリー国王の考えとも合致する。


「……つまり、リュグザ殿下を差し置いて、という事ですわね。……お父上さまもは、もしくはお母上さまも、国交を甘く見過ぎですわ。シスボイリー国王陛下が許可したからと言って、リュグザ殿下の権限が消えたわけではないのですわよ……!」


 片腕でライネリカを支えるラジレイシアが、眉間の皺を深めて苛立たしげに吐き捨てる。

 どこからどこまでが、信用して良いのか。エイロス国王やラヒューレ第二王子は黒だ。では王妃は。他の侍女や使用人は、宮殿内の臣下たちは、各国の来賓客は?

 時間がない上に、あまりに状況が不利だ。後々リュグザが少しでも立ち回り易いよう、なるべく正攻法で挑んでいたが、これでは好転まで導けない。 

 ただ一つ。肯定的に捉えられる事はある。

 無理を押し進めるジャダルが、正常な判断を欠いている事実だ。

 ここまで盲目的にライネリカを求めていて、知らぬ存ぜぬではいられない人間が、一人いる。

 アスターは目蓋を閉じて呼吸を落ち着かせると、ゆっくりと開きながら、空中に浮かぶ宮殿図を見据えた。


「フィーガスさまが行ったように、我々しか出来ない方法で、あのゲス野郎を引きずり下ろします。愚直になるのはやめましょう。相手は野蛮で低俗な、──欲望の為にネジが外れた、獣なんだから」

 

 


 


 

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