第六十三話
自室に戻ったアスターと別れ、フィーガスは客殿の方へ足を向けた。
白馬から人型に変化し、衣服を装飾する数多のシガリア鉱物を揺らしながら、調度品の輝く廊下を進む。
客殿はフィーガスが人間の世界に足を踏み入れてから、一番の賑やかさだ。
多くの国から来賓客が祝賀会に参加し、情報交換や貿易などの公益から、結婚、婚約についての打診、私的な友人同士の交流まで、華やかな賑わいを見せている。
だが、フィーガスに対して話しかけてくるような人間は、今のところ存在しなかった。
擦れ違えば脇によけ、遠巻きに眺めて何事か囁き合っている。その奇異の目に悪意もあれば、肯定的な興味もあり、少し不思議な心地で周囲を見渡した。
シスボイリー国の宮殿で働く人間は、大体がフィーガスの本性が白馬であることを知っている。なので、嫌悪感や恐怖心を隠しもしない輩が多く、フィーガス自身もそんなものだと割り切っていた。
その点、白馬の正体を知らない他国の来賓客は、異国の王としてフィーガスを見ているように思える。
やはり同じ姿をしているだけで、警戒する距離感もあやふやになるのだろう。シガリアに近づくため必死に習得した技術だが、こういう状況で真価を発揮できるのは有り難い。
フィーガスは客殿が有する、大勢の人間を収容できる中央広間の端に寄って深呼吸すると、神経を研いで耳を澄ませる。
ここに来た目的は、ジャダルに関する情報収集だ。
ライネリカがアスターに同行し、妃や婦人から情報を得る算段なのに対し、フィーガスは男貴族や、侍女や下女を含めた使用人たちから、会話を拾い上げる。
客殿の至る所で、人目に触れぬ様に注意しながら、フィーガスの部下が何体か待機していた。ソレらの聴覚を介して、様々な音を聞き、必要な話を盗み出す。
あまり距離があると精度が落ちるため、この場に留まっている必要はある。だがあえてフィーガスが客殿に姿を見せることで、花咲く会話もあるだろう。そこが狙い目だった。
腕を組んで壁に寄りかかり、フィーガスは小さく息を吐いた。
ジャダルが、フィーガスが横流しした鉱物がどのような物であるかを、理解した上で身につけているのだとすれば、こちらに対する挑発行為の意味合いがある。
ライネリカ曰く、入れ知恵したのはエイロス国第二王子だろう。ジャダルが提案を受け入れたのは、異国の王になぞ害されない、心理的な余裕があるからだ。それを崩さねば、今回の作戦は水の泡で終わってしまう。
フィーガスは薄らと目蓋を閉じて、聞こえてくる音に集中する。
まずは大規模な晩餐会が始まるまでの間、ジャダルの現在の立ち位置と、そこから透けて見える思惑を把握しなくては。
「……もし、ご無礼をお許しくださいませ、閣下」
暫く意識を集中させていれば、近くに人の気配があり、聞き覚えのある声に緩やかに目蓋を押し上げた。
一拍の後、驚いて顔を向けると、彼女は美しい顔で優美に微笑んで、ドレスを持ち上げる。
星を散りばめた瞳に、きっちりと結い上げたパープルブラウンの髪。フィーガスの婚約者と判で押したように同じ顔でありながら、艶やかな化粧で人の目を惹く。
ライネリカが現在着用しているような、深紅のドレスに身を包みながらも、その装飾は大人びていて彼女の白い素肌を引き立てた。
フィーガスは寄り掛かっていた壁から身を起こすと、片手を胸に当てて軽く腰を折る。
「ら、ラジレイシア嬢?」
「まぁ閣下。ここでは親しい男女ではないのですから、あたくしの事はどうぞ家名でお呼びくださいませ」
麗しきエイロスの大女神、ラジレイシアは扇で口元を隠すと、にっこりと笑って見せた。
「改めまして、輝かしき異国の弟王、オージオテラサス・プリンフェステビュー閣下にご挨拶申し上げます。デージル公爵が妻、ラジレイシア・ディアモリスと申しますわ」
▽ ▽ ▽
「……驚いた、どうやってこの祝賀会に?」
給仕から飲み物を受け取ってから、人気のないバルコニーへ移動したラジレイシアに、フィーガスは率直な疑問をぶつける。彼女は断りを入れつつグラスに入った水で喉を潤してから、肩をすくめてみせた。
「もちろん招待状を受けてですわ……と、言いたいところですが、少々別の手段で参りましたの」
「別の手段?」
「ええ。本来だと閣下の思う通り、我が公爵家が祝賀会の招待状を受け取ることはございません。ですが、夫は女王陛下の弟でして。身籠もっている女王陛下の代わりに、あたくしと夫が参った次第ですの」
ラジレイシアが嫁いだ国は、古くより女王政の国家だという。王配は家族脳で優しく、仲睦まじい夫婦なのだそうだ。
祝賀会は任意であるものの、属国である以上、誰も参加しないのは交易に支障が出る。かといって大事な女王に負担は掛けられず、臨月に入った為に王配も出来るだけ長く国をあけたくない。
そこで白羽の矢が立ったのが、臣籍降下した弟の公爵家だ。
ラジレイシアがエイロス国の第一王女である事も関係したのだろう。王族の祝賀会には適任だとし、王配自ら相談に訪れたのだという。
「女王陛下の意向もございますし、あたくしも渡りに船と、喜んでお受けしましたわ」
「……では、君の夫も来ているのか。先ほどの君ではないが、親しい男女でないのに、こんな場所に居て大丈夫なのか?」
「そこは構いませんわ。夫も今頃は、美しい貴婦人としっぽりでしょう」
淑女らしからぬ低俗な発言に、フィーガスは思わず言葉を詰まらせた。




