第六十一話
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人目につかないよう、アスターが用意してくれた部屋に戻ってきたライネリカは、リュグザが退出している事に安堵しつつも、肩を落としてアスターに向き直った。
「アスター、あなたも作戦に加わってくださいませ。緊急事態ですわ」
「何事かございましたか?」
ライネリカの傍を離れエイロス国王に従い、第三皇子との商談を陰から聞いていたバラは、第三皇子が自ら身につけている鉱物を、エイロス国の新しい出土品だと伝えて話し始めたのだという。
フィーガスが自ら人外的な力を使い、かなり遠回しな方法で第三皇子の手に渡るよう、画策したものだ。元を辿っても、フィーガスの存在は出てこないはずだった。
だが第三皇子の説明では、フィーガスとライネリカが個別に取り引きしているようなので、こちらへも正式に貿易を願いたいと言っていたらしい。
人型に戻っていた彼は、眉を吊り上げ首を振った。ついでにアスターも唖然としてフィーガスを見やる。
「あり得ない。どこからもバレる隙がないようにやったのに」
「そんな危ない橋を渡っていたの、フィーガスさま?」
「後できちんと叱責は受けるから、今はレディに協力してくれ」
リュグザが兄だとすれば、アスターは義姉になるのか。少々不思議な心地になりながらも、ライネリカは眉を顰めて考え込む。
フィーガスの人外的な力は、それこそ絵物語に出てくるソレだ。普段、馴染みのない人間が見破ることは、正直に言って不可能に近い。
であれば、フィーガス個人の行動を把握している人物か、あるいは該当するシガリア鉱物を、ライネリカがフィーガスに手渡した状況を知っている人物が情報漏洩したかだ。可能性としては後者の方が高いだろう。
「……お父上さまは、どのような反応でしたか」
問いかけに、バラは手帳に言葉を綴っていく。
“大きな戸惑いは ないようでした。 ラヒューレ第二王子殿下に 聞いているとも”
文字として浮かび上がった第二王子の名前に、ライネリカは息を吸い込む。
そうだ、彼であれば、ライネリカやフィーガスの状況が分からなくとも、あの鉱物を判断できる。何せ何冊も著書を書いている学者だ。時間や専用器具さえ潤沢に揃える事ができれば、効能や特性、出土時期まで調べる事ができる。
「ラヒューレ殿下が、ジャダルに告げ口したと?」
怪訝な表情のアスターに、ライネリカは首を左右に振る。
「……違いますわ。ジャダル第三皇子殿下が、兄上さまに調査を依頼したのでしょう」
第二王子がシスボイリーを訪問した一件以降、大国の第三皇子との親交は急速に深まっている。第三皇子が側近伝手に珍しいシガリア鉱物を入手し、第二王子に報告するのは何もおかしな話ではないのだ。
第二王子は、ラジレイシアが鉱物オタクだと揶揄する通り、シガリア鉱物に対して尋常ではない思い入れがある。新しい鉱物の話が、自分を通さずにシスボイリーへ渡っている事に疑問を持ったはずだ。
同じ王族であっても、本来ならラヒューレの立場上、国母シガリアの中枢には足を踏み入れられない。だが、数多くの鉱物を確認したい彼にとって、そんな制約など無いに等しいだろう。隠れて訪れていた可能性は十分にある。
今まで手付かずであった鉱物に傷が付いていれば、来訪したフィーガスが持っていったと考えるのは容易だろう。
問題なのは、ライネリカが大国の招待を受けて、この祝賀会に来るまで、エイロス国に第二王子の帰国などなかった事だ。
「……迂闊でしたわ。申し訳ございません、フィーさま。これはわたくしの落ち度ですの。……内側が味方とは、限らないのですわね」
歯噛みするライネリカに、フィーガスが眉を寄せる。
直接シスボイリー国との交渉を行っている第一王子から、なんの連絡も受けていない。言わずもがな、大国の窓口であるリュグザからもだ。
それなのに、国王が第二王子から案件を聞いているのであれば、他に悟られないよう、結託して動いていると言っても差し支えないだろう。
秘密裏に帰国した第二王子の存在を、国王は隠蔽したのだ。
ライネリカが家族との関係性を諦めた一件以降、彼女は距離感を図りかねていて、以前より意思疎通が出来ていない。その穴を突かれたのだ。
「なぜそんな事をする? ジャダルがレディをどんな目で見ているか、知らないわけでは無いだろうに」
「……兄上さまは、わたくしが生きていると不都合なのですわ」
自分で言葉にして、傷口が抉られる。顔色悪く胸を押さえた少女に、バラがそっと寄り添った。
「その為にフィーさまを婚約者の座から、引きずり下ろしたいのだと思いますの。リュグザ殿下を牽制したい、第三皇子殿下の意向とも添いますわ」
「……つまり、ジャダル側は逆に、君を通して僕を狙っているのか」
本当にフィーガスが関わり、シガリア鉱物をジャダルへ横流ししたのか。おそらく真偽に付いては、第三皇子に確証はない。だが彼はこの大国で、リュグザの次に王位継承権を持つ男だ。フィーガスが関わっているという内容さえ周囲に伝われば、真偽など如何様にも変えられる。




