第六十話
◇ ◇ ◇
ライネリカは誰もいないバルコニーで、頭を抱えていた。
「…………やってしまいましたわ……」
「いや、格好良かったぞ、レディ。かなり惚れそうだ」
割と真剣な声音に、もう、と唇を尖らせてフィーガスの腰元を叩いてから、彼女は外壁に頬杖をついて城下を眺める。宮殿から遠目に見える城下は、貴族や他国の王族が繰り出しているのか、大層な賑わいを見せていた。
あんな風に責めるつもりはなかったし、頭に血が上って随分と無礼な態度をとってしまった。これが第三皇子相手であれば、不敬罪で首が飛んでも可笑しくない。
そう考えてしまうあたり、結局ライネリカはリュグザに甘えているのだ。
大きな溜め息を吐き出せば、不意に突風が辺りに纏い、視線を向けた先で、フィーガスが白馬本来の姿に戻る。彼は一度首を振っていななくと、ライネリカの背後に回って顎を外壁に乗せた。
すぐ傍にある体温に目を瞬かせ、ライネリカは優しく白馬の頬を撫でる。
「……フィーさま、お伺いしても?」
「ああ」
「リュグザ第十二皇子殿下は、……フィーさまと、どのような関係性の方なんですの?」
疑問に暫し、返答はなかった。
立場上だけの地位を見れば、リュグザよりフィーガスの方が上だ。だが、先ほどの怯えようから、どう考えても一国の皇子と、異国の王という関係性だけで説明するには無理がある。
フィーガスに寄り添って返事を待っていれば、彼は視線を下げてライネリカに顔を擦り寄せた。
「僕の兄だ」
「兄……、…………えっ、兄? フィーさまは神の国の方ですわよね?」
「そうだ。……兄の許可を得ていないから、説明しても良いか迷うが……、いずれ知ることになるだろうしな……」
リュグザがどういう存在で、なぜ今シスボイリーの第十二皇子であるのか。簡潔な説明を受けたライネリカは、素っ頓狂な声を上げかけ、慌てて両手で口を覆った。
「そ、それを先にお伝えくださいませ……! わたくし、なんて酷い言い方を……!」
リュグザがライネリカに重ねていた誰か。ライネリカを通して、幸福を願っていた誰か。長年苛立ちを覚えてきた事項が、ようやく脳内で合致し言葉が出なくなる。
リュグザが神の座を捨てたフィーガスの兄であるなら、ライネリカに境遇を投影するのは、ある意味で当然だ。
ライネリカの顔を見る度に、様々な記憶と感情が胸を苛んだ事だろう。もしかしたら本当は、存在すら認めてしまいたくなかったかもしれない。
引きつれたような痛みが、心臓の鼓動を歪に打ち据える。
「いや、いいんだ。兄が君に、シガリアを重ねているのは事実だし、兄を一瞬でも好いてくれた君からすれば、怒って当然だったろう」
表情から感情は読み取れなくとも、フィーガスの声音は自嘲が浮かんでいる。ライネリカは彼に向き直ると、己の胸の前で両手を重ねた。
「事情を知ろうともせず、勝手に腹を立てて、申し訳ございません。リュグザ殿下に謝罪を……」
「しなくていい」
「ですが……」
「いいんだ。それに兄様はシガリアの一件以降、とても過保護になっているし、……僕も兄様に対して、過剰に反応してしまう事に気付かされた。これを機に僕ら兄弟の関係性も、少しずつ修復していくべき、なんだろうな」
顔を上げて再び城下を見つめるフィーガスは、穏やかな双眸を瞬かせる。
「きっと今回の作戦も、その起点になれると思う。僕では押さえ付けられて終わりだったが、君に頼んだのは正解だった」
器用に片目を瞑って見せる白馬に、ライネリカは目を丸くする。そんな場合では、と嗜めようと口を開きかけるも、思い直して片手の指先で唇を押さえた。
フィーガスの言う通り、ここは少し、距離を置いて行動するのが無難だろう。支配下に置きたがるリュグザに認められねば、この先も彼はずっとあのままだ。
もちろん、彼の行いが全て過干渉だとは思っていない。だが、自分達は操り人形ではないのだ。何も出来ない、何からも遠ざけられた、無邪気な子供のままでは前に進めない。
「……レディは、兄様の事は、今も好きなのか」
「いいえ」
即答すれば、白馬は一呼吸置いた後、苦笑まじりに声を和らげた。
「では、嫌いか? 弟の贔屓目だが、優しい兄だと思うが」
「優しい人ですし、信用も信頼もしておりますわ。でも、ペテン師である事に変わりはありませんもの」
「信頼しているのに?」
「意地悪な詐欺師ですわよ、フィーさまも気をつけなさって」
わざと嫌味混じりに伝えると、彼は小さく笑って目蓋を閉じる。
「……そうか、……少し心配だった。君が兄様を、まだ、好いているのかと」
「え……いやですわ、フィーさま、それは……」
何故だと聞き返そうとしたその時、彼がバルコニーへの出入り口を振り返った。視線を向けると、険しい表情のバラが、リンドウと共に急ぎ足で近寄ってくる。
彼らは深く頭を下げて非礼を詫び、バラが静かにライネリカの目前へ手帳を差し出した。
フィーガスと共に活字を追いかけ、ライネリカは驚愕に目を見開く。
「……え……!?」
バラが掴んだのは、フィーガスが特殊なシガリア鉱物を横流しし、何事か画策している事が、第三皇子に伝わっているとする緊急の報告だった。
私生活の都合でなかなか書き進められず、先行公開中のカクヨム掲載版の方が、自転車操業すぎて忙しいので、どちらも一度更新をストップすることにしました。
書き貯めて安心してから、再び毎日更新に戻ります。
どうぞよろしくお願いいたします。




