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第五十五話





「遠路遥々、ご足労感謝する、エイロス国王」

「大国シスボイリーの輝かしき繁栄を、お喜び申し上げます。この度はご令孫の祝賀会に招待いただき、誠にありがとうございます」


 普段は厳しい顔の大国の王が、エイロス国王へ僅かに表情を和らげる。周囲に友好国である事をアピールしたいのか、しっかりと両手で握手を交わした。

 王妃が挨拶した後、ライネリカはフィーガスと共に祝辞を述べ、続いて第三皇子を改めて視界に収める。彼は婚約者としての距離感にある二人に、何か思うところがあるのか、口元は笑っているものの硬い表情だった。

 

「先日は失礼をした、ライネリカ第二王女殿下。この度は祝賀会に参加頂き、嬉しく思う」

「いえ、わたくしも至らぬばかりに、ご挨拶もそこそこに辞してしまい、申し訳ございません」


 僅かに胸を撫で下ろした第三皇子は、子息を呼び寄せて紹介する。ほとんどライネリカと年は変わらないが、見た目は第三皇子に良く似ていて、年齢の割には成熟しているようにも見受けられた。

 妃も初めて顔を合わせたが、柔和な言葉遣いの裏側に、隠しきれない棘のあるような人だった。


「初めてお目にかかります、ライネリカ第二王女殿下。お噂はかねがね、本日も大変可愛らしいお嬢様ね。()()()()()()()()()()()で、()()()()()()()()()()()

「……お褒めに預かり光栄にございます」


 内心冷や汗を流しながら、ドレスを持ち上げて膝を曲げる。成人を迎えたばかりのライネリカに対する褒め言葉だとすれば、大変タチが悪い言い種だ。

 派手な扇で口元を隠しながらも、冷え切った瞳がライネリカを観察していて、居心地が悪い。第三皇子の奥方だ、恐らく夫の諸々は良く把握しているのだろう。ライネリカの腕に力が入ると、フィーガス片手を重ねて握りしめた。

 フィーガスを交えて二、三の言葉を交わしたが、それだけで敵意がある事が丸わかりである。


「到着した際に、大変美しいドレスを着ていたと聞いたが」


 会話がちょうどよく途切れたのを見計らい、第三皇子が口を挟んだ。ライネリカは目を瞬かせ、目尻を緩ませる。


「ありがとうございます。フィーガス弟王閣下より賜りまして」

「そうか、晩餐会ではぜひお目にかかりたいな」

「ジャダル様。オージオテラサス弟王陛下の前で、流石に無礼ですよ」


 欲求を隠しもしない言い分に、妃が平坦な声音で嗜める。確かに婚約者の目の前で、家族でもない女の服装に要望を出すなど、配慮が足りないと言うべきだろう。

 しかし第三皇子は、心底怪訝な顔で妃を見返した。


「何故だ? せっかくの息子の祝賀会だ。友好国であるエイロスの姫君に、着飾ってほしいと願う事の、何が悪い?」


 妃がギョッとして戦慄くのが、手にとるように分かる。以前までのライネリカであれば、妃と同じような反応をしていただろう。

 だがこれは、想定の範囲内なのだ。

 第三皇子が身につけている、透明な鉱物。あれはシガリア鉱山からフィーガスが持ち帰ったものだ。人間が扱うには強すぎる力を宿し、戦場で使用する事を本来の目的だと偽って作らせた代物である。

 フィーガスはそれを、リュグザの目に留まらぬよう方々細工して、わざと第三皇子側の勢力へ横流ししたのだ。

 あれは身につける薬物。感情の起伏によって欲求を増大させ、理性を蝕んでいく危険物である。

 フィーガスの作戦は、ライネリカと仲の良い婚約者同士であることを見せつけ、起爆剤を作ることだ。

 突く穴が無ければ、作り出せばいい。もしライネリカの身に何かしらあり、第三皇子に疑いの目がかけられ、鉱物のせいだと責任転嫁しても、彼は鉱物を側近から受け取っている。側近が一人排される事態になれば、そこから穴は()()()()()()

 ライネリカは、必死に練習を繰り返した微笑みで、第三皇子に笑いかけた。


「光栄にございます。晩餐会では、お眼鏡に適うドレスで参りますわ」


 一瞬、交差した視線の先で、第三皇子の喉が上下に動くのが見えた気がした。鳥肌を立て、先ほどよりもフィーガスの腕を掴む強さが増したライネリカに、フィーガスが助け舟を出す。


「そうだな。婚約者殿に良く似合うドレスを用意している。君も楽しみにしているといい、ジャダル第三皇子」

「……それは、それは」


 男の耳から下がる透明な鉱物の中心が、僅かに赤い色を帯びる。細められた双眸に、先ほどまでの余裕はない。ここが引き時だと、腕を引いて合図を出したフィーガスに、ライネリカは一つ瞬いて応じる。


「それでは、また後ほど、失礼致します。……参りましょう、フィーさま」

「ああ、()()()()。行こう」


 あえて顔を近づけて囁き合い、ドレスの裾を持ち上げ踵を返す。そうすれば、フリルの拡がりと併せて、身につけていないはずの香水の香りが、微かに鼻腔へ漂った。

 視線だけでフィーガスに問えば、彼は片方の目蓋を閉じる。恐らくフィーガスの力なのだろう。なんの前動作も必要としないそれに、第三皇子が気がつくことは、おそらくない。

 背中に刺さる視線が、恐ろしい。もつれそうになる両足をなんとか動かし、ライネリカは胸を張った。

 シスボイリーの国王へ深く頭を下げてから、エイロス国王と王妃の傍に再び合流し、謁見の間を退出する。

 扉が閉まる隙間から見た第三皇子は、じっとライネリカを見つめていた。




 

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