第五十六話
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「状況をご説明いただけますでしょうか、我が君」
取ってつけたような笑顔は、人間が放って良い威圧感を超えている。顔色の悪いフィーガスの隣で、ライネリカは更に顔を青くし唇を引き結んだ。
第三皇子との邂逅を終えて、退出した直後。どこからか見ていたのか、アスターを引き連れた第十二皇子に出迎えられた。エイロス国王夫妻に簡単な挨拶を済ませ、そのまま離れようとした若い婚約者二人は、流れるように連行されたのである。
再びアスターが用意してくれた部屋に戻り、冒頭の状態に至る。
「説明、と……申されましても……ジャダル第三皇子殿下と、ご子息、妃さまにご挨拶を……」
「そうですね。そうではなく、何故わざわざ挑発的な行動を?」
近距離で囁き合った事を指しての事だろうか。リュグザを見つめ返しているフィーガスが、口を開く。
「どの行動の事だ?」
「仲良きことは美しきことですが、あの男の前でそれは悪手でしょう。閣下もお分かりかと思いますが」
「……確かに、そうだな。だが、僕らには目的がある。だからあえて、そう振る舞った」
「目的、ですか」
金色の瞳が、すっと細められる。嫌な顔だ。本当は全てを見透かしているのに、こちらから口を開くのを待っているような、意地の悪い顔である。
ライネリカは大きく深呼吸すると、発言の許可を取ってから片手を胸に当てた。
「フィーさまより、リュグザ殿下の思惑を伺いましたわ。エイロス国民を大国へ移動させるために、なるべく憂いの少ない形で、王位を継承したいと。わたくし達も協力したく思っておりますの」
「それは……有り難いですが、具体的にどのような協力なのでしょう」
「わたくしの存在を利用し、ジャダル第三皇子殿下の失脚を狙いますわ」
リュグザの表情から、薄らと浮かんでいた笑みすら消え失せる。彼が腕を組んで片足に体重を乗せると、前髪の間からライネリカを見下ろした。
「かの皇子殿下が、わたくしを……、好ましく思っていると、伺いました。その事を利用しようと、フィーさまと作戦を練っておりますの。……ただ、わたくしの婚約者さまの名誉に誓って、これだけは言っておきますが、こちらから接触するつもりはございませんわ」
「あちらから接触する機会を揺さぶっていると?」
声に感情が乗っていない。隣に立つフィーガスが、微かに震えているのが空気を通して伝わってくる。ライネリカも目の前の男が恐ろしいが、フィーガスの震えは尋常ではなかった。
しかし今、リュグザから視線を逸らす事はできない。ライネリカは腹に力を入れて、ゆっくりと頷いた。
「そうですわ。向こうから接触があり、上手く誘導できれば、失脚を狙う足掛かりにはできましょう。わたくしはエイロス国第二王女ですわ。国の行く末を外野から見ている訳にいきませんもの。少しでもお役に立てますのよ」
主張を言い切ったライネリカの前で、彼の表情が微かに歪んだ。そして片手で顔を覆い、長い溜め息を吐き出す。
数秒だけ、間があった。
「……ライネリカ第二王女殿下に、余計な気苦労を背負わせたのは、お前でしょう……フィーガス」
名を呼び捨てられた直後、フィーガスが片膝を折り頭を下げた。驚いたライネリカが声をかける前に、リュグザが近寄り、片手で銀髪の後頭部を強く押さえつける。青筋すら浮かぶ筋張った手は、頭蓋骨を握りつぶさんばかりの力で、フィーガスは掠れた呻き声を上げた。
「な、何をなさいますの!?」
「我々の内情に、我が君のお手を煩わせるなと言ったはずだ。これほど分からないとは思いませんでした。申し開くか、この場で俺に頭を潰されるか、どちらか聞き入れましょう」
ライネリカが縋り付いても、びくともしない。彼は本気だ、危機感が脳裏を駆け巡った。
「お待ちください、殿下! わたくし達は、自ら出来る事を行っているのですわ!」
「それがふしだらな女の真似事ですか? おやめなさい。貴殿がそんなことをする必要はない」
「では、機会が訪れるまで指を咥えて見ていろとでも? 悠長な時間がわたくし達にはあるんですの!?」
「俺の尊厳を踏み躙るようなやり方は慎めと言っているまでだ!!」
初めて彼が声を荒らげた。ライネリカは息をのんで、振り払われるまま腕を放す。よろけた彼女を、アスターが後ろから支えて片腕に抱き込んだ。
視線の先で、リュグザが片手で顔を覆う。真っ青な顔のフィーガスが見上げれば、第十二皇子が微かに奥歯を噛み鳴らした。
それはまるで激情を抑え込むような、獰猛な仕草だった。
「……申し訳ありません、我が君。……御無礼を」
「…………」
次第に落ち着きを取り戻す呼吸の向こう側で、リュグザが呟く。
「ですが、ご理解頂きたい。貴殿は俺の尊厳、そのものだ。……気高くあってください、下種になど気を取られないでください。……美しい貴殿を害する全てを排除するのは、俺の役割だ」
顔から片手を引き剥がし、フィーガスの肩を軽く叩いたリュグザが、改めてライネリカに向き直る。酷い焦燥すら感じさせるその顔に、アスターが小さく夫の名を呼んだ。
リュグザはライネリカに近寄り、胸元のコサージュから垂れるリボンを指先で引き寄せ、祈るように口付ける。視線で追いかけるように仕草を凝視していれば、彼は金の双眸を和らげライネリカを見つめ返した。
「何もせず、王妃の座をお待ちください、我が君。貴殿が手を汚す必要はない。全て我々にお任せください。……貴殿はただ、幸福であればいい」
指先からリボンが落ちる。
それはまるで合図のように、ライネリカの神経を逆撫でした。
「……っあなたの、そういうところが、わたくしは嫌いなんですわ」




